小規模だが有意義なコンファレンスの範を示したOpen Web Vancouver

 昨年開催されたVancouver PHP Conferenceの成功を受けてVancouver PHP Users Associationの主催により本年4月14日から15日にかけて開催された今回のコンファレンスでは、Web世界におけるフリー/オープンソースソフトウェアのトレンドに興味を持つ350名以上の参加者が会場であるVancouver Trade and Convention Centerに参集することとなった。今回の講演は、Creative Commons、Facebook、Google、Mozilla Foundation、Sun Microsystemsといった大手だけでなくBar Campをきっかけに自主的に組織された団体からの演者も迎えており、比較的小規模なローカルコンファレンスが有益な情報を提供する場として活動する上での1つの範を示したと評していいだろう。

 今回のコンファレンス1日目は午前9:45というごく真っ当な時間にて開始され、基調講演として語られたのはMozilla FoundationのZak Greant氏による「The Age of Literate Machines」(機械が読み書き能力を備える時代)であるが、これを同氏自身は自らがスライドに使用した歴史資料になぞらえて「Everything I Needed to Know About Open Source, I Learned From Playing Civilization」(オープンソースに必要な知恵はすべて文明から学んだ)であると後にジョークを飛ばしていた。Greant氏による講演の論旨は、フリーソフトウェアおよびオープン標準という最新の技術革新につながる源流には、テレビ/ラジオや印刷機の発明、聖書の各国語への翻訳、ハンムラビ法典の制定など、何千年もの歳月をかけて徐々に培われてきた社会的自由の拡大という潮流が存在するというものである。そして同氏が現在抱いている疑問は、インターネットもやがて規制されることになるのかということよりも、それが果たして正しく規制されることになるのかだとしている。ここでは、機械に対する“正義のアルゴリズム”(justice algorithm)と同氏が呼ぶ概念が提示され、機械が自己認識を有すようになった暁には、その制御をフリーソフトウェアではなくプロプライエタリ的な存在に任せることに納得できるのかという問題提起により締めくくられた。聴衆にとってこの問題提起は想定の範囲外であったようで、あまりに斬新な内容に最初は戸惑っていたようだが、このプレゼンテーションは終日話題に上っていた。

 その後短い休憩を挟んで開催されたのは、XML開発の貢献者の1人として知られるTim Bray氏によるWeb開発の現状に関する講演である。同氏は昨今使われている“Web 2.0”などは宣伝目的の言葉遊びに過ぎないと嘆きつつ、現在のトレンドは“貢献という文化”を形成する方向に進んでいるのだと要約し、最新世代のWebアプリケーションの普及によりこの種の貢献活動への参加障壁がいかに低められてきたかを様々な図を使って解説していた。その次に同氏はプログラミング言語の人気状況に話を進め、PHPの利用率は安定しているよう見られるものの、その一方でPythonとRubyの使用が伸びつつあると語っている。同氏が特に興味を抱いているのはRubyであり、「実際Rubyは私のコーディングの考え方に大きな影響を与えています」としていた。そして同氏は開発者たちに向けての要望として、こうした人々は何らかの形で貢献できるものを各自が有しているのであり、それと同時に新世代のコラボレーション的な活動を自分たち自身が利用するための手法を身につける必要性があるとして、“傲慢さと謙虚さのバランスを取る”よう訴えかけた。その後で同氏が私に語ったところによると、今回の講演はSunのWebテクノロジ責任者として観察してきた体験を基にまとめたものとのことだ。

 残り1日半の講演内容を大きく分類すると、よりハイレベルな戦略的視点での見解と、より個別的なコーディング問題に特化したものとに分かれていた。前者に属す講演の1つは、Mozilla Foundationのシニア開発者として活動中のLaura Thomson氏が、クリーンで堅牢でセキュアでスケーラブルで有用な情報に満ちたコードについて語った「Writing Beautiful Code」(美しいコードの記述法)であり、これらの各属性が具体的に何を意味するかを説明していた。同じくKate Milberry氏による「From Free Software to Open Knowledge: Open Source as a Method for Progressive Social Change」(フリーソフトウェアからオープンナレッジへ:漸進的な社会変革の手法としてのオープンソース)もこの分類に属すディスカッションであり、またDarren Barefoot氏による「1100 Stacies」(1100の善行)では、Web形態で提供されている多様なツールとサービスを社会的責任を果たした上でいかに活用するかのディスカッションが行われた。

 もう少し一般性の低い分類に属すものとしてはCreative CommonsのNathan Yergler氏によるCreative Commons Rights Expression Language(ccREL)についての講演があり、これは各種ライセンスの標準化を目指してCreative Commonsが進めている活動であって、可能であればFree Software FoundationやOpen Source Initiativeなどのライセンス関係団体での採用をも視野に入れているそうだ。同じくBrad Neuberg氏はGoogle Gearsの概念と構造に関する基本解説を行ったが、これについては聴衆側からも次なる目玉となりつつあるトピックの1つだとの声が聞かされた。その他Derick Rethan氏による「Test Driven Development」(テスト駆動型の開発)およびChris Hartjes氏による「Deployment is not a 4 Letter Word」(配備は禁句ではない)もこの分野に属す話題についての講演であった。

 より個別的な内容について語られたプレゼンテーションに属すのは、Derick Rethan氏による「Lego blocks for PHP」(PHPにおけるレゴブロック)、Eric Promislow氏による「Scaling up with JavaScript」(JavaScriptでのスケーリングアップ)、Mike Cantelon氏による「Reusable Components in Django」(Djangoの再利用可能なコンポーネント)である。これらの講演にて実際に語られていた内容および、講演の合間にチェックした電子メールのコメントから判断する限り、本コンファレンスは様々な聴衆の嗜好をカバーする適度にバランスの取れた構成になっていたと評していいだろう。

 もっとも、このようなプログラミングをテーマとした正式なトラックは本コンファレンスの一側面でしかない。いつものように廊下の随所が臨時のコンサルタント会場として利用されるのはもとより、講演で語られた内容をネタとして開催される様々な即席セッションの重要性こそが、このコンファレンスの醍醐味というものである。実際コンファレンス2日目のうち4時間もの予定が“ライトニングトーク”と呼ばれる参加者が随時参加できる簡易セッションに割り当てられており、今回はFacebookやLinkedInなどのソーシャルサイトおよびOpenSocial APIなどに関する話題で華やいでいた。また現在MozillaにてThunderbird開発を統括しているDavid Ascher氏が以前にCEOを務めていたActiveStateは、本コンファレンス開催地に前もって乗り込んだ参加者を対象とした非公式なMozDev(Mozilla Development)Campを昼過ぎに主催した他、夜には下町のアートギャラリにて社交会を臨時開催している。そしてコンファレンスを締めくくるに当たり運営側は、多数の要望に応える形で、就職希望の開発者や人材募集中の採用者たちが歓談ないし名刺交換の場に使用するホールウェイセッションを開催した。昨今はWebアプリケーションが大いにもてはやされているが、こうしたコンファレンス会場にて顔を合わせた参加者どうしが自主的にコンテンツを形成するというオープンさは何度体験してもいいものである。

 今回のコンファレンスについて参加者サイドから感じられた不満としては、会場側の提供するワイヤレスサービスが不安定でそのアクセスが制限されていたことくらいである。会場スタッフ側の意識としてワイヤレス接続などは付随的なサービスに過ぎなかったのかもしれないが、参加者側は必須機能と捉えていたのであり、ここが2010年冬季オリンピックでも利用される会場となることを考えると、こうした認識のあり方は1つの凶兆と考えてもいいのではなかろうか。ただし本コンファレンスにて会場スタッフは可能な限り手を打ってくれており、彼等のねばり強い交渉と努力のおかげで、アクセス状況は2日目にてある程度の改善が成されている。

 その他の点において本コンファレンスは多大な成功を収めており、2日目の朝も過ぎると既に手持ちぶさたになったスタッフが来年のコンファレンスについて話を進めていたくらいだ。こうした小規模なコンファレンスにてトップレベルの演者を招くという方式は、ゲストおよび有料参加者の双方を引き付ける運営スタイルであることは明白である。Open Web Vancouverが抱える最大の問題を敢えて指摘するとすれば、それは今回同様の素朴さと緊張感とのバランスを来年度以降も維持していく上での、参加登録者の上限に対するサジ加減の難しさであろう。

Bruce Byfieldは、コンピュータジャーナリストとして活躍しており、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿している。

Linux.com 原文