ガン研究センターのサイト構築にTYPO3とEnomalyを採用したDana Farber

Dana-Farber/Harvard Cancer Center(DF/HCC)は、Harvard Medical SchoolおよびMassachusetts General Hospitalなど、ボストンに所在する7つの医療機関で構成された研究グループである。その目的は、グループ内のさまざまなメンバー間におけるコミュニケーションを円滑化して積極的なアイデア交流を図ることで、ガンの予防および治療技術を向上させることにある。その際に浮上した1つの問題が、所属組織や活動拠点の異なる800名以上の科学者や研究者を、いかにしてDF/HCCを通じてコラボレーションさせるかであった。こうした課題を解決するべく同機構が構築したものが、Webベースのコンテンツ・マネージメント・システム(CMS)である。

それまでにもDF/HCCは多数のWebサイトを運用してはいたが、これらがコラボレーション体制の効率化に役立つものではないことは明白であった。そこで決定されたのが分散型WebベースによるCMSの実装であるが、これが選ばれた理由は単に効率がよいというだけでなく、関連コンテンツの寄稿者が一堂に会する場を提供できるからであった。研究者が直接参加できるようにすることで、コンテンツを有益かつ最新の情報に保つことが期待されたのである。

DF/HCCがCMSに求めたものをテクノロジ的な観点から眺め直した場合、それは多様な階層からなる複数の寄稿者による分散的なオーサリングを管理する能力だと言えるだろう。 閲覧およびアップロードを任意の場所から行えるようにするにあたっては、クライアント・サイドでの拡張機能を強制しないブラウザ・ニュートラルなアプリケーションが必要とされた。 またCMSには、Microsoft WordやAdobe PDFなどの多様なドキュメント形式を扱えること、Webページを直接編集できること、操作性に優れたバック・エンドを用意することが求められた。 そしてオンラインの確立後は、簡単にコンテンツ検索ができることも必要であった。 つまりユーザによる検索では、テキスト、HTML、Word、およびPDFファイルをページやセクションあるいはドメイン単位で探せること、そして各種の検索条件をユーザ指定できることが要求されたのである。

すぐに判明したことは、ハイ・エンドなエンタープライズCMSの必要性である。 DF/HCCは、プロプライエタリ・システムとオープン・ソースによる双方のソリューションを検討してみた。 そして、オープン・ソース・システムを選ぶ決め手となったのが、ソフトウェアのカスタマイズにおける柔軟性と低コスト性である。

ニーズを満たす選択肢はTYPO3

DF/HCCは候補としてDrupalやMamboなど多数のオープン・ソース系CMSを検討したが、最終的に選択したのはTYPO3という、北米ではなじみが薄いがヨーロッパではよく知られたCMSであった。 TYPO3とは、GNU General Public License(GPL)の下で開発されたもので、1998年にリリースされたオープン・ソース・プロジェクトとしてすでに成熟段階を迎えていた。 同プロジェクトからは定期的なアップデートがリリースされ続けており、開発当初より現在に至るまで確固としたリーダーシップが保たれている。

TYPO3では優れた機能が即時運用できるだけでなく、安定した拡張機能が利用できる。 DF/HCC側の要請を満たすにあたっては、TYPO3のサポートする次の機能が利用できた。

  • 複数のドキュメント形式に対応したインデックス検索システム
  • コンテンツ作成者の多様な分類
  • ユーザ、所有者、グループというUnixスタイルの細分化されたアクセス権システム
  • 直感的に把握できる、操作性に優れたバック・エンド

TYPO3はテクノロジ的に優れていただけでなく、強力な開発者コミュニティに支えられていた点がDF/HCの重視したポイントであり、彼らはインストレーションのアウトソーシング化を模索していたのである。 確かにTYPO3はユーザ・フレンドリなバック・エンド・インターフェイスを整備していたが、CMSのインストレーションと設定は決して一筋縄で行くものではなかったからだ。

Enomalyによる開発支援

インストレーションのサポートにあたってDF/HCCが目を付けたのは、オープン・ソース系のコンサルティング企業として80件以上のTYPO3のインストレーション経験を有すEnomalyであった。 同社は、TYPO3の米国系オフィシャル・スポンサーでもあり、現在はTYPO3.us Webサイトの再設計を進めており、TYPO3に関する書籍の執筆も委託されている。

DF/HCCプロジェクトが開始されたのは2004年11月で、運用開始日は2005年12月と定められた。 デザインおよび開発フェーズの完了までに要した期間は9か月である。 Enomalyは詳細な開発調査を実施し、TYPO3モジュールの実装とカスタマイズ用に3名の開発者を選抜して、より柔軟なオーサリング・システムを構築した。

このプロジェクトもすべてが順調に進んだわけではなく、特に初期フェーズでは大きなトラブルに巻き込まれた。 1つの大きな障害となったものが、レガシーとなった従来のデータベース・システムからTYPO3の使用するMySQLデータベースへのデータ移植である。 その際に開発陣は、Monoを利用してレコードをいったんXML形式に抽出してからMySQLにインポートするという手法を選択した。

プロジェクトの第2フェーズでは、メイン・ハードウェアのインストール、データベースの設定、負荷バランスの調整が行われ、これと並行してTYPO3のコア・モジュールのインストールが実施された。 Enomalyチームは各種の機能拡張もインストールしており、たとえばtt_newsは、記事の全文、ヘッドライン、および外部リンクを統合処理するニュース・アグリゲータとして機能する。

Enomalyは、最終段階の直前フェーズにおいて、コンテンツ・エディタを相手にFlashを利用したWebベースのインストラクション・ツールによるトレーニングを実施し、DF/HCCのWeb管理者にはマン・ツー・マンの指導を行った。

新装されたDF/HCCのサイトは稼働を始めてから間がないこともあり、この段階で成功か失敗かを論じるのは時期尚早かもしれないが、スケジュールどおりに開発を終了したこと自体はIT業界における成功物語と見なすことができるだろう。 いずれにせよ同プロジェクトが真の成功を収めたか否かは、公開されたWebサイトの出来映えではなく、バック・エンドのCMSによってガン研究が促進されるかによって判断されるべきものである。

DF/HCCのような大規模Webサイトを洗練化するという構想が単なる幻想であると見なされていたのは、わずか数年前の話である。 TYPO3などのオープン・ソース系ツールは、それ自体がコラボレーション開発のたまものではあるが、コラボレーション態勢の確立が医学的に重要なブレークスルーをもたらす組織においては、成功への道しるべとなっているのではないだろうか。