携帯電話システムの現状を反面教師とした、ネットワーク中立性の検証

現状のインターネットサービスプロバイダには、選択的に特定サイトへの接続を禁止するような行為は許されていない。より具体的に言うならば、Googleに流れるトラフィックであろうが、Yahoo!やMSNへ向かうトラフィックであろうが、すべては平等に扱う必要があるという訳だ。こうした平等の原則は「ネットワーク中立性」と呼ばれている。ところが現在、複数の大手通信業者が、インターネット誕生以来守られてきたこうしたネットワーク中立性を闇に葬るべく、議会に対してロビー活動を行っているのだ。そうした行為のもたらすであろう危険性は、少し考えただけでも自明である。

ネットワーク中立性の擁護派が懸念しているのは、ネットの中立性が捨て去られた結果として到来するであろう、参入障壁の高騰により技術開発が停滞し、消費者がアクセスするコンテンツをごく一部の人間が規制するという、不健全なインターネット世界の未来像である。ネットの中立性の破棄を目論む側は、こうした意見を単なる過剰反応だとして片づけており、アメリカにおいて次世代のインターネットインフラストラクチャを構築しようとすれば参加者の全員一致が求められるため、むしろネットの中立性こそがブロードバンドプロバイダをして二の足を踏ませているのだと主張している。

議論の的となっている原則そのものはシンプルなのに、その及ぼす影響に対しては意見が大きく二分しているというのがこの問題の現状である。それでは何か比較の対象となりそうな同様な事例が存在していれば、これらの意見を見極める際の有用なヒントとなるのではないだろうか?

個人による所有と制御が行われており、機能的にはインターネットと同様のものであるが、1つの大きな相違点としてネットの中立性が求められたことが1度としてない普及型のネットワークというものが存在している。それはアメリカ合衆国における携帯電話のネットワークである。

先進国で発売されている携帯電話であれば、その大部分においてSMS(ショートメッセージサービス)によるテキストメッセージの交換機能が装備されているはずだ。当然アメリカ国内でもこうしたSMSの利用度は高まりつつあるが、その用途は友人間での簡単なメッセージ交換程度に限定されている。それでは何故に、モバイルデバイス用の双方向性サービスは充実していないのだろうか? 何故に、このタイプのネットワークには、MySpace、Craigslist、Amazon、Flikr、eBayへのアクセス制限があるのだろうか? 何故に、携帯電話経由の支払いシステムや電子メールシステムが未整備状態で放置されているのだろうか? 何故に、慈善団体はこうしたシステムを利用して募金や世論への訴えを行えないのだろうか?

その答えはシンプルである。こうしたネットワークでどのようなサービスが提供されるかを定めているのは、携帯電話を運営しているキャリヤ会社だからだ。携帯電話のネットワークに、ネットの中立性は存在していないのである。

例えば、SMSでdigg.comのようなユーザ管理型のニュースサービスを立ち上げる場合を考えてみよう。これがネットワーク中立性の確立されているインターネットでの話であれば、Webサーバを1台レンタルし(初期費用は毎月7ドルから100ドル程度)、自分の名前を登録して、必要なプログラムをインストールすればいい。作業時間にしても、たいていは2時間もかからないだろう。ところがネットの中立性が確立されていないアメリカの携帯電話ネットワークで同様のサービスを立ち上げようとすると、事情はかなり厄介なことになる。

まずは1番目のステップとして、アグリゲータとして知られる企業の1つにコンタクトを取らなければならない。この企業は携帯電話キャリヤとの仲立ちをしてくれる業種なのだが、この場合は複数のキャリヤ会社との間でサービス提携を結んでおかないと、口コミでの宣伝がうまく広まらないだろう。その際にアグリゲータ企業から要求されるサービス料金は、初期費用として毎月1,000ドルは覚悟しておかなければならない。さらにショートコード(Webサイトの名前のようなもの)を取得しておく関係上、毎月500ドルから1,000ドルの追加出費も必要となるだろう。しかも話はここで終わる訳ではない。

2番目のステップとして、携帯電話会社の定める様々な要件を満たさなければならないのだ。その際には購読開始前にオプトイン条項の承認をするなどの手続きが必要となるが、これらの大部分は携帯電話キャリアの消費者保護に関するものであり、作業自体も大して手間のかかるものではない。問題は、一部に不可解きわまる要件が存在していることである。こうした要件はキャリアごとに異なっているのが普通だが、そうした中にはゲームや懸賞に類するサービス提供を禁じていたり、購読期間は月間契約だけが有効であり、日間、週間、年間単位のものは不許可としているところもあるのだ。その他にも、ユーザが携帯電話間でのコンテンツ交換をできないように、着メロなどにはロックを施すことを求めているケースもある。

その他の要件の中には不合理としか言いようのない制限もあり、例えば本稿執筆時においてCingular、Sprint/Nextel、T-Mobile、Verizonといった企業は、これらが提供するPremium SMSサービスを使ったボランティア団体による資金調達行為を禁止している。その対象に含まれているUnited Way、Greenpeace、Red Crossにとっては、迷惑きわまりない話であろう。

また一部のキャリアは“良識”に基づく規制事項を定めているが、その制限の強さと内容のバカらしさ加減に比べると、1934年から1967年にかけて実施されていた悪名高き映画制作規定の方がよほどまともに感じられるという代物である。その中で最たるものがVerizonであり、出会い系サイトはもとより、性を暗示させる画像の掲載や(テレビのゴールデンアワーに放映できそうなものでも不可)、「fornicate」=「密通」や「genital」=「生殖器」などという単語すら“下品”な言葉として使用が禁止されている。

悪戦苦闘して申請書の記述をキャリアの定めた要件に適合させ終わったとしても、提出後の承認完了まで数週間から数カ月は待たされることになるし、キャリア側が密室で下す判定により申請書が拒絶でもされた日には、さらに厳しい要件を満たす形で再申請を行わなければならない。

ところでより実際的な問題として考えなければならないのは、ここで想定しているユーザ介在型の新規ニュースサービスに対しては、決して営業許可が与えられることはないだろうということだ。これは、規制対象となる画像や単語をブロックするフィルタを設置すれば解決されるという性質の話ではない。それというのもVerizonは「無制限なチャット、性的な勧誘行為、ピアツーピア通信」を禁止しているからだ。

万が一にも、こうした検閲制度の隙間をくぐり抜けることに成功し、8週間におよぶ準備期間と何千ドルもの費用をかけた成果として目的のサービスを提供開始できたとしても、それは単なる始まりに過ぎない。その後キャリアは、あなたがユーザに送る個々のメッセージごとに料金(通常は数セントそこそこ)を請求してくるであろうし、同じくユーザ側があなたからのメッセージを受信する際や、それに対する返信を行う際にも課金をしてくるはずである。ここで1つ想像してみよう。仮にcraigslist.orgの掲載広告をブラウズするごとに、ユーザや運用者が数セントを支払う必要があるとすれば、このサイトははたして現在も存続しているだろうか? つまるところ、割高な使用料金の設定されているSMSサービスが、着メロや星占い程度のニッチ市場以上に成長していないのも、むべなるかなという次第なのである。

インターネットの管理権を営利企業側の手に渡した場合に待ちかまえているのは、これと同様の憂うべき状況であることは間違いがない。その際の当事者となるのは、AT&TやComcastといった寡占企業群なのだから。そして、Verizonなどはインターネットにおいても携帯電話ネットワークの場合と同様の規制強化に走るだろうことは簡単に想像の付く話で、すべての負債を大衆に負わせる形で近視眼的な搾取に耽溺し、将来的な発展の可能性の芽を摘むことになるのだ。

James Glass(ペンネーム)は現在ある企業を運営しており、携帯電話ネットワークにおいてサードパーティ製サービスを展開するという、イバラの道に挑んでいる。ペンネームでの投稿は、携帯電話の運営企業が各自のネットワークから同氏の率いる企業を閉め出すことを懸念した上での措置である。

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