Linuxレビュー:Ubuntu Studio――オーディオ関連の充実ぶりと対照的なビデオ/グラフィックス関連の貧弱ぶり

 Ubuntu Studioプロジェクト自らが掲げる謳い文句は「multimedia creation flavor of Ubuntu」(マルチメディア作成用のUbuntuフレーバ)というものであり、その母体となったオリジナルのUbuntuプロジェクトも、「aimed at the GNU/Linux audio, video, and graphic enthusiast as well as professional」(GNU/Linuxでオーディオ、ビデオ、グラフィックスを扱うプロフェッショナルを含めたユーザをターゲットとした)という説明をしている。確かにその外観はUbuntu Linuxディストリビューションから著しく変わっているのだが、問題はその中身が実質的にほとんど変わっていないことなのである。

 本年5月末に初回リリースの行われたUbuntu Studioであるが、その際のリリース番号は7.04とされており、これは同ディストリビューションが標準版のUbuntu 7.04をベースに構築されたことを示している。また現行のバージョンが対応しているのも32ビットIntelアーキテクチャだけである。インストールの方法としては、DVD用ISOイメージを丸ごとダウンロードしてインストールするか、あるいはインストール済みのUbuntu 7.04にUbuntu Studioへの差分データのみを同プロジェクトのAPTリポジトリから追加するという方法が利用できる。

 実際にこのリポジトリにアクセスしてみると10を越える新規パッケージが用意されており、その内訳は各種のツール群および個別のアプリケーション(デジタルレコーディングスイーツのArdourなど)で占められている。

 なおビデオ編集用アプリケーションのCinelerraはフリーで提供されていない関係上、独自のリポジトリから入手するようになっているが、実際問題として使用することができない。それと言うのもこのリポジトリは、私が試した限りにおいて正常に動作したことがなく、上位ドメインのHTTPクエリもまともに反応してくれないからだ。何が悪いのかは不明であるが、いずれにせよUbuntu Studio版のCinelerraについては、未だ試用すらできていないのが現状である。ubuntu-studio-usersや関連フォーラムを見てみると、私と同様の体験をしたユーザがかなり存在しているようなのであるが、具体的な対策となると、異なるディストリビューション用のサードパーティ系パッケージを入手するしかなさそうだ。以上のような経緯を踏まえて私が到達した結論は、現状でCinelerraをインストールする試みは“労多くして功少なし”になる可能性が高いであろうということであり、Ubuntu Studioのレビューをする際には排除しても致し方なしという判断である。

 残りのUbuntu Studioコンポーネントについては、すべてDVDから問題なくインストールすることができた。もっとも現行のインストーラはテキストモードのみで実行可能である(このディストリビューションの用途を考えると皮肉な話である)。このプロセス自体はデスクトップUbuntuのインストール手順と大差なく、UbuntuのOEM Modeプロセスとよく似ているが、通常版におけるパッケージセレクションが、オーディオ、グラフィックス、オーディオプラグイン、ビデオという4つのカスタムソフトウェアコレクションに置き換えられている。

 こうしたマルチメディア系ツールがメインである関係上、その他の基本パッケージとしては、Firefox、Gaim、OpenOffice.orgなどのごく限られたアプリケーションのみがインストールされるようになっている。もっともその他に必要なパッケージがあれば、システムの構築終了後に標準版Ubuntu用のリポジトリから取得すればいい。

JACKおよびダークグレイ系テーマの採用

 Ubuntu Studioを起動してみると、外見上の大きな変更に気づくだろう。Mark Shuttleworth氏による擁護とその他の人々による反発を巻き起こしていたブラウン/オレンジベースのカラースキームが一掃されているのである。Ubuntu Studioの開発チームは、スプラッシュスクリーンを手始めに、ログインマネージャおよびウィンドウマネージャのテーマ、GTK+およびKDEのテーマをすべてひっくるめて、標準版Ubuntuのアートワークを完全に捨て去ったのだ。新たに採用されたのは、ダークグレーを主体とした低コントラストな色調で、AvidやShakeといった高価なプロプライエタリ系マルチメディアアプリケーションでお馴染みのものである。推測するに、これはフリーソフトウェア界の二大巨頭であるArdourおよびBlenderのカラースキームをシステム全体で採用したようであり、デスクトップ構成の調和性を高めているのは確かだが、新規ユーザにとっては特別な新鮮味は感じられないかもしれない。それに、マルチメディア系アプリケーションを構成するGTK+1、GTK+2、KDEのウィジェットセットでは、こうしたシステムテーマとマッチしないカスタム“キャンバス”エレメントが多用されているため、その辺の不調和をかえって目に付かせる効果をもたらしている。また実用上の観点から言うと、これらの色彩にテキスト表示が溶け込んでしまったり、Firefox上のWeb表示ではダークグレー色のボタンやチェックボックスが浮いてしまうこともあるのが残念だ。

 Ubuntu Studioの構成を一通り調べてみて気づくのは、オーディオ系の編集、ミキシング、シンセサイズ用プログラム、およびこれらプログラムで使用する多数の効果用プラグインが同梱されていることだが、問題はそれ以上に評価すべき点が存在しないことである。つまり冒頭の謳い文句に掲げられていた、プロでも通用する“ビデオ”や“グラフィックス”関連の機能については、それに見合うだけの新機軸が用意されていないのだ。

 上述した説明は誤解を招きかねない表現だったかもしれない。ごく凡庸なLinuxディストリビューション以上のプラスアルファは無いとはいえ、Ubuntu Studioにもビデオおよびグラフィックス系アプリケーションが用意されてはいる。たとえばグラフィックス系ソフトに関しては、Blender、ScribusInkscape、Huginというフリーソフトウェアでは最高位にランクされるものが取りそろえられているのだ。

 ところがビデオ関係となると、その品揃えはかなりレベルダウンする。DVビデオエディタに関しては、それなりの機能を備えたKinoが使用できるし(完成度的には今ひとつと言える)、さらに完成度の劣るPiTiViというエディタも用意されており、また先にも取り上げた入手方法に難のあるCinelerraという選択肢も完全に消滅している訳ではない。

 つまり敢えて言うならば、Ubuntu Studioとは、その80%がプロのオーディオユース、10%がグラフィックスユース、残り10%がビデオユースという構成になっているのである。個人的な見解として、こうした偏りがグラフィックスやビデオに対する関心の薄さに起因するとは思っていない。何となれば、dyne:bolic64 Studioなどの“マルチメディア系ディストリビューション”でも状況は似たり寄ったりだからである。むしろこれは、現行のLinux世界で利用可能なマルチメディア系機能の貧弱さを反映していると見なせるだろう。プロの求めるグラフィックス機能を提供するのは簡単であり、プロの求めるオーディオ機能に応えるのは現状でも可能であるが、プロの求めるビデオ機能は……未だ対応できていませんという具合だ。

 Linuxの世界で(特定のディストリビューションという枠組みではなく)プロの求めるオーディオ機能に応えるとなると、その結論は常にハイエンドのオーディオサーバであるJACKおよび低遅延型カーネルという2つのコンポーネントに集約されることになる。いずれのコンポーネントも標準版のUbuntuリポジトリから取得できるが、Ubuntu Studioを選択するメリットとしては、適切な設定が施された環境がデフォルトで入手できることを挙げられるだろう。

 Ubuntu Studioの土台となっているのがJACKであるとすれば、その脇を固めているのが、レコーディングからMIDIコントロールに至る各種のオーディオ系アプリケーション群の充実ぶりだ。その筆頭として紹介すべきは先にも取り上げたArdourで、これはマルチトラック対応のレコーディング、ミキシング、編集用ワークステーションである。しかも、標準版のUbuntuが未だに0.99系列のビルドで止まっているのとは対照的に、Ubuntu Studioには最新バージョンのArdour 2.0が同梱されている。

 この系統のその他のソフトウェアとしては、サンプラ(SooperLooperLinuxSampler)、シーケンサ(RosegardenShake Tracker、Timidity)、ソフトウェアシンセサイザ(CsoundHydrogenFluidSynth)、ミキサー(JAMin、Mixxx)、 エフェクトラック(JACK Rack)、および楽譜作成ソフトウェア(Lilypond)やサウンドフォントエディタ(Swami)などもそろっている。

 またこのディストリビューションでは、Linux Audio Developer’s Simple Plugin API(LADSPA)およびDSSIという2つの特殊効果用プラグインが、独立したパッケージコレクションとして取り込まれている。このセレクションの指向はモジュール合成を向いており、この中を探すとBLOPのような波形合成用プラグインから、Steve Harris氏などの個人レベルで収集されたプラグインコレクションまでを見つけることができる。

サウンド関係に偏重した構成の是非

 プロないしアマチュアのオーディオ指向ユーザであれば、端的に言ってUbuntu Studioは“買い”である。なにしろ、本格的なレコーディングや編集機能を行うためのハイエンドなオーディオコンポーネントが、各種の検証および適切な事前設定が施された上で、安定的な運用に耐える状態で手に入るのであり、しかもそのプラットフォームには、今日において最大級の人気を誇る、サポート体制も充実した、メインストリームディストリビューションが使用されているのである。また32ビットIntelマシンで標準版Ubuntuを使用しているユーザであれば、単純なカット&ペースト操作を経るだけでUbuntu Studioの固有機能をAPTリポジトリから追加することも可能であり(具体的な手順はubuntustudio.orgの解説を参照)、これは1つのディストリビューションを丸ごとインストールし直す手間に比べて遥かに負担が小さいはずだ。

 これに対してグラフィックスないしビデオを専門とするユーザの場合、Ubuntu Studioから得られるものはそれほど多いとは言えない。確かにUbuntu Studioを導入すれば、新規カーネルをコンパイルしたりXサブシステムを本格的なグラフィックシステムに切り替えるといった手間を省くことは可能だが、それ以外のメリットとなると、ごくマイナーな改善箇所も含めて、特に言及しておくべき点を見いだすことができないのだ。グラフィックス関連の品揃えを最先端にしておくという観点で言えば、Kritaで実験的に採用されているウエットペンキミキシング、ナチュラルメディアシミュレーション、PSPIによるPhotoshop用フィルタのサポートなどを挙げることができる。あるいは最低限のラインとして、GIMP 2.3くらいは用意しておくといったところだろうか。

 ビデオ関係の品揃えとなると、そもそもこの分野のアプリケーションが非常に未成熟な段階で止まっているため、具体的な改善案を考察しようとする段階で窮するくらいだ。それ以前に重大問題の1つとして、外部に用意されているCinelerraリポジトリの信頼性を指摘しておくべきだろう。このソフトウェアが現状で最高の完成度にあるノンリニアエディタであるとすれば、Ardourと同程度の負担でインストールできて然るべきはずだ。

 1つの救いは、これがオープンソースという形態で推進されていることで、ユーザの声を反映しつつ将来リリースされるバージョンを改善していくことができる点である。そうした意見交換の場として同プロジェクトはubuntuforums.orgにマルチメディア関連専門のフォーラムを運営しており、またwikiでも積極的な活動が繰り広げられている。

 マルチメディア系ディストリビューションに話を限ると、ゼロから新規プラットフォームを立ち上げるのではなく、既存ディストリビューションをベースに構築するとしたUbuntu Studioの判断は、他の競合プロジェクトに対する先手を打つことに貢献したと見ていいだろう。今後の動向としては、その母体となっている標準版Ubuntuにてバージョン7.10がリリースされた際に、Ubuntu Studioがどのような対応をするかに注目したいところである。

Linux.com 原文