携帯電話のLinuxをめぐるトレンド

 この夏、業界に最大級の旋風を巻き起こし、いきなりフル機能の無線コンピュータとして登場した携帯電話があった。それがiPhoneであり、ゴールデンタイムに流れるそのテレビCMは電話としての用途をそっちのけにして、機体に満載されたデータリッチなインターネットメディア機能(電子メール、Webサーフィン、GPSナビゲーション、音楽、写真、ビデオ)を強調したものになっている。さらに、Appleのすぐ後を追ってMotorolaが米国でLinuxベースのRAZR2 V8を発売したことで、新たな携帯端末どうしで世間の注目の奪い合いが始まり、その状況は今なお続いている。果たしてLinuxは競争力のあるプラットフォームとなり、オープンソースをこの携帯電話市場の表舞台に押し出したのだろうか。

 その答えはどうやらイエスのようだ。市場調査会社ABI Researchは、8月下旬の「Linuxは今後5年で最も成長著しいスマートフォン用OSに」と題したプレス発表において、モバイル機器用OSとしてのLinuxの年平均成長率は「75%を超えるだろう」と予測している。この成長率は、2012年までにLinuxが「市場の全スマートデバイスのほぼ31%を占めることになり…(中略)…同じ期間の累積出荷台数が3億3100万台を超える」ことを意味する。同社リサーチディレクタのStuart Carlaw氏は次のように語る。「IntelやAccessのような組織の重大なプロジェクトは活動のスピードと勢いを増しつつあり、その一方で通信キャリアのコミュニティは以前からLinuxを長期的計画においてサポートを予定している少数のオペレーティングシステムの1つとして捉えている」

 また、Mobile向けLinux推進団体のLiMo(Linux Mobile)はプレスリリースの中でこう記している。「世界中にいる業界の専門家たちの予測によると、現在20億ものモバイル契約者が年間にして、1兆分の時間に相当するサービスを利用し、10億台を超える携帯電話機を購入している。また、業界アナリストらは、モバイル分野のソフトウェアおよびサービスの市場規模は2009年までに60億ドルを超え、オープンプラットフォームはこの市場で一番の急成長分野になる、と見込んでいる。

 『世界の携帯電話 ― 2007~2011年の予測と分析』(Worldwide Mobile Phone 2007-2011 Forecast and Analysis)の中で、IDCは昨年の携帯電話機の出荷台数が10億を超えたと記している。「携帯電話出荷台数の伸びは新興市場の新規ユーザによって支えられ、この市場のユーザ数はさらにもう10億増えるだろう」と語るのはIDCのモバイル機器テクノロジおよびトレンドサービスの上級アナリストChris Hazelton氏。「ただし、この市場は成熟しても、モバイルインターネット、ナビゲーション、リッチメッセージング、ビデオといった機能が進化した機種へのアップグレードを行うユーザによって成長するだろう」

 IDCの予測は、全世界における5年間の年平均成長率(CAGR:Compound Annual Growth Rate)を6.9%とし、2011年までの出荷台数を14億と見積もっている。この市場におけるLinuxのCAGRを75%とすると、現在の主要OSを凌ぐことになる。ABIのCarlaw氏は次のように語る。「Linuxは携帯電話OEM業者のコミュニティにおけるサポート拡大によって恩恵を受けている。その最たるものがMotorolaだが、Nokiaもまたモバイル向けブロードバンドアプリケーションをねらった新しいタイプの機器を投入している」

 こうした何十億ものモバイルカスタマーのほとんどは、自らの携帯電話でどんなオペレーティングシステムが実行されているかを気にしていない。本当に重要なのは機能性だ。彼らは音声サービス以外に、ビデオ、音楽、写真、GPS、カメラ、そして強力なキラーアプリケーションとして簡単に操作可能な電子メールといった機能を求めている。将来的に、各社は重要な2つの領域でさらに機能性を高めたいと考えている。コラボレーションおよびスケジューリング機能などの企業向けアプリケーションと、無線携帯機器と会社のデータとの間に確立されるデータトンネルが悪意あるサイトへの入口となる可能性をなくす本当の意味でのセキュリティ機能である。

gPhoneの噂

 おそらく想定し得る最も興味深い噂は、Googleが携帯電話事業への参入準備を進めており、gPhoneと呼ばれるLinuxベースのデバイスの供給元として台湾のOEM業者HTCと契約を結んでいるというものだろう。なお、HTCは何年も前からWindows Mobile OSベースの携帯電話に関してMicrosoftとパートナーの関係にある。

 また、GoogleがLinux携帯電話のプロトコルスタックの提供を予定しているとの噂もある。もちろん、Googleからのコメントはない。評論家たちは検索連動型広告のテクノロジーを有するGoogleの周知の状況に何度も言及している。しかし、この噂はビジネスモデルまで具体的に説明するものであり、gPhone向けのコンテンツ配信には広告を組み合わせたロバストなモバイル検索機能が含まれるため、gPhoneの価格は低く抑えられるだろうとしている。広告に支えられたGoogleのビジネスモデルによってインターネットはお金の動く場所になったが、そうした広告がコンテンツに関係していてそれほど目障りでないことから消費者はそうした状況を実際に容認している。では、シャツのポケットやハンドバッグに入っている携帯電話の場合はどうだろう。iPhoneやRAZR2 V8が399ドルに加えて2年間の通信契約の費用がかかるのに対し、同等機能のgPhoneが99ドルで販売されたとしたら、どちらを選ぶだろうか。

 そうした噂を裏付けるかのように、7月にGoogleは、米連邦通信委員会(FCC:Federal Communications Commision)がさらなる競争と消費者の選択肢の拡大を求める要件を採用すれば、無線周波数帯の取得を狙う可能性があると発表した。Googleはそのプレスリリースの中でアプリケーション、デバイス、サービス、ネットワークに対する4つの“オープン”を掲げ、ライセンス条件としてこの4つを要件とするようにFCCに働きかけた。また、そのとおりになれば、提供される周波数帯の競売に最低でも46億ドルの入札額を提示すると公言している。しかも、これはモバイル機器で利用される無線周波数帯である。Googleは携帯電話キャリアになるのだろうか。実に興味深い話だ。

 Linuxと競合するSymbianのリサーチ担当執行副社長David Wood氏は、同社のWebサイトで次のようにもっともな意見を述べている。「Linuxの主要ダウンロードサイトwww.kernel.orgから入手できるソフトウェアは、携帯電話の開発に必要なものの10%にも満たない。電話機の特徴を決めるのは、残り90%プラスアルファのソフトウェアである」。その90%は、SymbianおよびMicrosoftのようなプロプライエタリ企業、あるいはMontaVistaやAccessのようなオープンソースのスタック開発企業の掌中にある。Nokia、Motorola、Samsung、LGといった大手の携帯端末ベンダは、プロプライエタリな開発会社やスタックベンダとの提携関係を持続している。しかし、LIPSやLiMoのような非営利のLinux推進団体(オープンソースに理解のある企業パートナーから資金提供を受けている)は、こうした90%の部分を構築することの難しさは協調作業が進むソフトウェアプラットフォームによってかなり解消されるだろう、と示唆している。LiMoによるプラットフォームの開発スケジュールは、開発終了を2009年として暫定的にフェーズ化されている。一方、LIPSは年末までにバージョン1.0のリリースを確約しており、2008年までのロードマップを公開している。

 携帯電話市場では、消費者がコンテンツにお金を出してくれる。また、企業は社員が手にする携帯電話のアプリケーションに対してセキュアなコンテンツ配信を行う必要がある。こうしたトレンドは、機能的であると同時にTreoやBlackBerryよりも安価でiPhoneよりもセキュアな製品の必要性を示している。世界中の3500万台を超えるモバイル機器にMobilinuxを採用したと公言するのは、MontaVista Softwareである。同社CEOのTom Kelley氏は「Linuxはモバイル機器で急成長しているが、その理由として確固たる信頼性とすばらしい柔軟性、そしてLinuxによる開発サイクルの加速が挙げられる」と話す。モバイル機器でのLinuxの利用、またはその検討が、Linuxの容量、メモリ使用量、グラフィック、マルチメディア、ネットワーク接続、セキュリティといった各種ソフトウェアを生み出す開発者たちの環境の急速な発展を受けた結果であることに異論はない。

 この市場はまさしく、自らの手でルールを変えられればゲームに勝てる、というものだ。AppleのiPhoneがコンシューマ市場に与えた影響は大きいが、iPhoneに企業のCIO(最高情報責任者)を満足させるために必要なセキュリティ機能がない限り、企業に対してはそれほどの影響力はない。その発売前から、アナリストたちはiPhoneを“セキュリティチームにとっては悪夢のような存在”と呼んでいたほどである。

 しかし、Linuxはコア部分、すなわちカーネルが無償で提供されているうえに、Linux Foundationのような団体の庇護下でセキュアなオペレーティングシステムとして格別に優れた管理を受けているため、消費者向け製品に向いている。また、オープンソースの開発環境ではプロトコルスタックに自由にアクセスできるため、企業はネットワークを流れる双方向の情報のすべてを保護する方法を考案できる。

 こうした大旋風はいつまで吹き荒れるのだろうか。確かにAppleはiPhoneに関する取り組みを徐々に拡大して評判を集めているかもしれないが、Linuxの領域における多くの開発ではそれ以前からずっと一触即発の状態が続いている。たとえば、MotorolaはLinuxベースの携帯電話とスマートフォンの発売を数年前からアジアおよびヨーロッパ市場で開始している。LIPSやLiMoのような団体が生まれたのも2000年頃のことである。これから消費者の前には、従来の販売チャネルであるAT&T、Verizon、Sprint、T-Mobileをはじめとする競合キャリアを通じて多くの新製品が現れそうだ。もちろん、その物量はLinuxにとっては大きな障壁になる。しかし、Linuxは、ABI Researchが予測するように、2012年までにモバイル市場の約3分の1を占める準備を整えている。また、このことは消費者市場全体でのLinuxの普及にとって好ましい前兆といえる。

Murry Shohatはカリフォルニア州サンタローザを拠点に活動するフリーランスジャーナリスト。1997年、電子機器の設計自動化に使われるオープンソースソフトウェアの取材を皮切りにLinuxに関する執筆に携わる。2000年にはEmbedded Linux Consortiumの創立に協力、2005年半ばまで同組織のエグゼクティブ・ディレクタを務めた。

Linux.com 原文