ラスタグラフィックス用オープンフォーマットをめぐる論争

オープンソース系グラフィックスのコミュニティで現在論争を巻き起こしているのは、新たなラスタグラフィックス用のファイルフォーマットに関するオープン仕様の問題だ。ラスタイメージを扱うにはエディタやビュワーを始め、ベクタ処理やページレイアウト用プログラムなどの関連ツールが必要となるが、こうした雑多なアプリケーションプログラム間で複雑なドキュメントを交換するには、拡張性を備えた共通のフォーマットが必要だと、多くの人間が感じているのである。

ここで検討されているのは、アプリケーション間でのレイヤドキュメントの交換に関するものであって、個々のエディタ固有のフォーマットを廃棄させようというものではない。一昔前であれば、その役割を果たしていたのはAdobe Photoshopフォーマット(.PSD)であり、これには必要な機能が装備されていただけでなく取り扱いに充分な情報が公開されていた。問題は、フリーソフトウェアとの互換性が失われてしまったことである。すでにAdobeは関連する仕様の公開を停止しており、現在ではAdobe製品と競合する用途には使用しない旨を記した同意書を受け入れない限り、こうした情報にアクセスすることはできない。

このように.PSDが退場した結果、アプリケーションから独立したファイルフォーマット不在の状態が続いている。オープンな互換フォーマットに求められているのは、雑多なアプリケーション間で“複雑”なラスタイメージドキュメントを自由に移動させるための器であり、そのためにはレイヤ、グループ、マスク、パスなどの構造要素を保持したままメタデータへのアクセスを可能とし、多様なビット深度や色空間が用いられたイメージデータをサポートする必要がある。エディタのように入念なデザインとドキュメント化が行われる高機能アプリケーションであれば、こうした仕様全体を実装することで、複数のアプリケーションが共通のファイルを処理することが可能となるであろうし、ビュワーなどの簡易機能アプリケーションでは、仕様に定められたうちの必要な部分のみを実装することになるだろう。

その他に引き合いに出されるものとしてGIMPXCFフォーマットがあり、これは実際に多くのフリーソフトウェアプログラムでサポートされているが、残念なことに互換性や拡張性を念頭にしたデザインになっていないため、近い将来に他の規格に置き換えられることになるだろう。また古株的なTIFFフォーマットは高度な拡張性を有しているが、その分だけ非常に複雑なものとなっている。こうしたTIFFフォーマットをさらに拡張するという選択肢も考えられなくはないが、テキストレイヤのような非ラスタデータを追加するのは困難であり、現状のTIFFフォーマットですら過度に拡張されているきらいもあって、大多数のアプリケーションはその機能の一部だけを実装しているのが実状だ。

OpenRaster

このような状況の下、フリーソフトウェアの開発者に残されているのは、フォーマットの真空状態を埋めるという選択肢である。様々なアプローチについて、その長所と短所に関する意見が交わされたのは、主としてCREATEプロジェクトのメーリングリストであった。そしてこの3月には、Kritaの開発者であるCyrille Berger氏がまったく新規のファイルフォーマットを基礎から構築し直すことを最初に提案し、同氏はKritaのメンテナであるBoudewijn Rempt氏とともに、得られたフィードバックを基にした仕様の草案を書き上げた。

BergerおよびRemptの両氏が提案したフォーマットは暫定的にOpenRasterと呼ばれているが、これは既存のOpenDocument仕様にあるフォームをベースとしたものである。個々のOpenRasterドキュメントの実態は複数のバイナリデータファイルを1つのアーカイブにまとめたものであり、これらパーツ間の関連情報をXML形式のドキュメントに記述する方式をとっている。CREATEのWebサイトからは、OpenRasterのプロポーザル(PDFファイル)および、同活動の進捗状況がレポートされたwikiページにアクセス可能だ。

Rempt氏が強調するのは、既存のOpenDocumentフレームワークを利用することで、基本構造およびフォーマットに関する検討全体を省略できるという点である。これに伴うメリットとして同氏は、「コンポジット処理のOVERとは何を意味するのか、アプリケーション間での移植性を有すガウシアンブラー調整レイヤをどう構築するか、といった興味深い点に直接作業を進めることができます」ということを挙げている。

リアクションと今後の見通し

一方でOpenRasterの批判派が主張しているのは、OpenDocumentは複雑すぎて、得られるメリットよりも付随するデメリットの方が大きいという意見である。例えばOpenDocumentの仕様には他のドキュメントをOpenDocumentファイルに組み込む機能が定められているが、こうした要件はアプリケーション側により複雑な処理を強要することになり、また組み込みドキュメントのレンダリング結果がアプリケーションごとに異なる可能性も考えられるということだ。

実際、提唱されているアプローチはOpenRasterだけではない。例えばGIMPのØyvind Kolås氏が以前に提案したXCF2は、より単純な技術をベースとしている。この方式でもXMLおよびバイナリデータの組み合わせを採用しているが、異なっているのは、OpenDocumentの実装を取り込もうとしていない点だ。なお、OpenRasterに関するディベートの随所で取り上げられているため誤解されがちだが、Kolås氏がXCF2を提案しているのは、あくまで次世代GIMP用のためであり、OpenRasterの対立候補として用意されたものではない。

Rempt氏がさりげなく触れているように、ファイルフォーマットの総体的な構造というものは最終的な決着の付きにくい性質の問題であるが、より重要なのは、こうした構造内に収めるイメージデータの本質的な処理法である。実際、BergerとRemptの両氏による草案提出後も、CREATEメーリングリストでの議論は主題であるはずのOpenDocumentに関するメリットから、より末端的な技術上の問題に何度も話題がそれている。

こうした議論の流れは、Rempt氏の考えを裏付ける結果となっている。というのも同氏の主張は、グラフィックス系コミュニティは寄らば大樹の陰的にOpenDocumentを利用するべきであり、新たな標準を持ち出してその細部の制定にこだわるよりも、その方が貴重な時間を有効に利用できるはずだ、というものだったからである。

この問題に関する作業は途に就いたばかりであり、何らかの具体的な案件が固まるまでには、様々な議論が引き起こされることに疑いはない。とは言うものの、Krita用に新規のネイティブフォーマットが必要となる場合もあるため、Berger氏とRempt氏は自らのフォーマットの構築を進める腹積もりであり、両氏の提案したフォーマットが消え去ることはないだろう。

Rempt氏がKritaのメンテナを務めるようになったのは2003年のことであるが、Krita用の次世代フォーマットは何が起ころうともOpenDocumentに準拠したものとする点で、同氏の意見は一貫していると言う。つまり、Krita開発チームが新規フォーマットを用意する場合、Krita専用のものではなく熱望されている互換フォーマットを採用する方が、同コミュニティに対して有益な貢献ができるというのが同氏の考えなのである。その他のアプリケーションがOpenRasterをネイティブフォーマットとして採用することはないかもしれないが、この仕様がオープン化されコミュニティ主体で運用され続ける限り、その互換性は広く維持されるはずであり、PSDの代替フォーマットの1つとして有効に利用されることだろう。

NewsForge.com 原文