Appleのくびきを脱したTerra Soft、世界初のCellベース・スーパーコンピューティングクラスタに取り組む

昨年アナウンスされた、AppleによるIntelベースハードウェアへの移行という出来事は、Yellow Dog Linuxディストリビューションで知られるTerra Soft Solutionsにとっての致命的な大打撃かと思われた。ところがTerra SoftのCEOを務めるKai Staats氏によると、この動きは結果的に同社にとっての福音となったということである。というのも、これを契機として同社はより大きな収益の見込める業務に着手するようになっており、Cellをベースとした世界初のスーパーコンピューティングクラスタの構築もそうした成果の1つなのである。

同社の説明によると、そもそもCellベースのスーパーコンピューティングクラスタという構想を最初にアナウンスしたのはIBMであったが、実際に配備されるマシンはTerra SoftとSony Computer Entertainmentが共同作成するものになるだろう、とのことだ。

こうしたシステムの開発と管理についてSonyからTerra Softへの打診があったのは昨年秋のことであった。最終的な契約が締結されたのは2006年春のことであり、その後Terra Softは、クラスタ本体のデザインおよび、完成後のクラスタを収める約3,000平方フィート(約280平方メートル)の収容施設の設計に取りかかった。Staats氏によるとこの施設は、Sonyから依頼されたシステムだけでなく、将来的なカスタマを受け入れられるだけの充分なキャパシティを備えているという。

Sony Computer Entertainmentの研究開発部門において上級管理職を務めるThomas Swidler氏は、SonyがTerra Softを選んだ理由として、クラスタ構築に必要なすべてのコンポーネントを同社単独で提供できる点を挙げている。このクラスタはPlayStation 3(PS3)システムを用いて構成されるが、その他のコンポーネントとしてCell Broadband Engine(Cell BE)、Yellow Dog Linux、Y-HPCクラスタスイート、Y-Bioも使用される予定である。

Terra SoftがSonyの依頼で管理するクラスタは、E.coli(大腸菌)およびAmoeba(アメーバ)と名付けられた2基が予定されている。このうちE.coliと呼ばれるクラスタの用途は、ソフトウェアの開発、最適化、試験を行うテストシステムである。対するAmoebaはプロダクションシステムであり、大学や米国エネルギー省(Department of Energy)の研究機関によるライフサイエンス研究で利用されるとのことだ。

PS3を用いた“ライフサイエンス研究”と言われても、ピンと来ない人も多いだろう。その点Swidler氏によると、PS3は「ゲームコンソールとしてしか使えない訳ではありません」ということになる。Swidler氏の説明にあるSony側の意図は、「マルチコアアーキテクチャを活用した開発活動や新規アプリケーションの構築などを促進すると同時に、私どものクラスタを利用するコミュニティからのフィードバックを得ることを期待しております」というものであった。

Terra Softが設計と製造を手がけるクラスタは今回が最初のものではないが、同社自身が収容するクラスタとしては最初のものとなる。Staats氏によるとSonyからTerra Softに対しては、システムへの物理的アクセスが容易であること、という要件が出されていたという。「扉を開けるだけで必要な箇所に手が届けば、それだけセキュリティや物理的なアクセス制御が容易になり、現場での作業効率が向上するはずです」。

なお、Staats氏の思惑どおりに事が進めば、同社の下で運用されるクラスタマシンはE.ColiとAmoebaの2基だけでは終わらないはずだ。Staats氏は、機会があればより多数のクラスタを収容することも考えているという。「それはビジネス的な意味を持っているからです。現在は、バイオインフォマティクス系データベースのミラー化を希望しているカスタマと、新規に登場したCellテクノロジの試用を考えているカスタマという、2種類の既存カスタマとの間で交渉を進めています」。

過去のTerra Softの歩み

Terra Softはコロラド州ラブランドに居を構える小規模な私企業である。同社の設立は1999年のことであり当初はApple製PowerPCコンピュータをターゲットとしたYellow Dog Linuxというディストリビューションを主として提供していたが、この当時、大部分のLinuxディストリビューションはPowerPCを対象としていなかった。

その後同社はApple製ハードウェア用のデスクトップLinuxだけに止まらず、PowerPC系ハードウェアとソフトウェア用のソリューションの分野にも手を広げ、遺伝子配列解析ソフトウェアのY-Bio、Board Support Packages(BSP)、ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)用アプリケーション開発などを手がけるようになった。

こうしたTerra Softの目から見ると、先のAppleによるIntelハードウェアへの乗り換えという出来事も、同社にとっては奇貨の1つであったとも言えるだろう。Staats氏は、「見通しは明るく、業績も安定し、作成した統合ソリューションの契約を引っ張ってくることも張り合いのある仕事でした」と語る一方で、Apple製ハードウェア上でLinuxを動作させる件に関しては、Apple側から多くの協力は得ることができなかったとしている。

Terra SoftはApple Solutions Providerの1つであり、付加価値再販業者であったにもかかわらず、Staats氏の語るところでは、Appleからはいっさいの協力が得られなかったのである。「Appleから何のサポートも得られないまま、1999年の創業からこの方、Apple製コンピュータのすべてをリバースエンジニアリングし続けてきました。こうした努力の甲斐あり、4年間に渡るAppleハードウェア関係の販売実績はそれなりのものが得られていましたが、開発スタッフの余力が尽きてしまったため、創造的な製品開発に回せる余裕が無くなってしまっていたのも事実です。例えばAppleの最新製品に対応するため、進行中の開発活動をホールドし、ようやくISOを焼き終わったと思ったら、その1週間後にはビデオカード、サウンドチップ、ファームウェアが変更されている、といった具合です。どうしても半歩後を進むしか無かった訳です」。

Appleのくびきを脱して

そうこうするうちAppleからIntelハードウェアへの切り替えがアナウンスされた訳だが、Staats氏によるとこの出来事は「Appleの陰から脱する」契機になったことを意味し、実際Terra Softの運営もPowerPCハードウェア用BSPの事業で順調に立ちゆくことができたという。「今ではMercuryやIBMなどの企業との間で取引があり、BSPの製造契約を結ぶこともあれば、技術的リソースを提供してもらうことで、こちら側の開発負担を軽減する場合もあります。これは業務を遂行する上で、双方が恩恵に与れることを意味し、より好ましいコラボレーション環境だと言って良いでしょう」。

「またMercuryおよびIBM VARの資格も取得できたので、共通のハードウェアをベースとした統合ターンキーソリューションを継続的に開発してゆけるようになり、その分だけ当方のハードウェアに関する知識も蓄積できますし、カスタマに対してもより完成度の高いOSを提供できるという状況になっています」。

それでは何故カスタマたちは、独自開発するよりもTerra Softに委託することを選ぶのだろうか? Staats氏によると、それには主として3つの理由があるという。まずは、より低コストで済むこと。「弊社との委託契約ではなく、BSPの開発スタッフを社内に抱えると、結果的に高くつくことが理解されているようです」。またOEMに関してStaats氏の説明するところによると、各社の提供するOSに対しては「どこか実績のあるLinux OSプロバイダからの完全なバックアップ」を求める傾向が見られるという。そしてYDLは1つの確立したブランド名として通じるため、それを取り込んだOEMをカスタマに売り込むのもそれほど難しくはないとのことだ。

Mercury Computer Systemsのビジネスおよびテクノロジディベロップメントの責任者を務めるRandy Dean氏は、Terra Softのサービスには非常に満足していると語る。Dean氏によると、MercuryのCellベースシステム用にBSPを提供しているのがTerra Softであるが、同社に対してはMercuryのチャンネルパートナとしての「将来的な別の可能性」も見込んでいるとのことだ。

確かにTerra Softの会社としての規模は小さいが、Dean氏によるとそうした点は問題ではなく、重要なのは提供される製品やサービスの品質であり、そうしたサービスを提供するのに必要なリソースを備えているかであるという。特にTerra Softの場合、「そうしたすべてを満たしています」とDean氏は語っている。むしろTerra Softクラスの規模の方が、Red Hatなどの大手Linux関連企業よりも迅速に行動できるというのがDean氏の意見だ。

Terra Softがオープンソース系企業としての神髄を発揮しているのは、同社のライバル会社として見られがちなPenguin Computingとの協力作業を行っている点だ。両社はHPCソリューションを提供するという点では共通しているが、Penguin ComputingはIntelおよびAMDハードウェアに集中し、Terra SoftはPowerPCのみを扱うという形で住み分けている。そしてTerra Softから提供されているY-Bioは、いずれのシステムでも動作するのだ。

これら2つの企業がY-Bioなどのソリューション開発における協力体制を敷いていられる理由だが、Staats氏の語るところでは、HPCの市場はある程度成熟し切っているため、既に大半のカスタマによるプラットフォーム選定の時期は過ぎ去っており、これまで使用してきたPowerPCないしIntel/AMDソリューションから他方に乗り換えるという事態は起こりにくい、という状況が挙げられている。

Penguin Computingにてセールス部門の責任者を務めるMatt Jacobs氏も、同じ意見の持ち主だ。同氏は、「この件に関するKaiの意見は、100パーセント正鵠を得ていますね。既にカスタマはどのプラットフォームを用いるかを選択し終えていますから……、Terra Softの選択は賢明なものと言えるでしょう」として、カバーするプラットフォームは異なるものの、HPC分野の競合プロバイダとの提携関係を結んだTerra Softの判断を支持している。

Yellow Dogの将来的な展望

Yellow Dogのサポータたちにとっての朗報は、決して稼ぎ頭とは言えないYellow Dog Linuxの開発をTerra Softは現在も活発に継続しており、一方的にクラスタシステムのみに傾倒しているのではないという状況だ。

実際Staats氏によると、Terra Softは今後もYDLの開発を継続するが、その理由は、同社の他の事業部門を牽引する1つのツールであるからだとされている。「これまでにもYellow Dog Linuxが主要な収益を占めたことはなく、その点は他のLinux OSベンダとは異なっています。この製品の位置づけは、過去および現在そして将来においても、サービス契約を呼び込むための看板商品なのであり、ユーザコミュニティとの絆という重要な資産を維持するために存在しているのです」。

Staats氏の説明によると、Fedora CoreをベースとしたYDL 5.0は「現在開発中」であり、「サポートするハードウェアは、Apple G5および、IBM OpenPower 710、JS20、750 eval、Maple-Dおよび、Mercury XR9など、特定のものに限定される」とのことである。

「あくまで先行するFedoraを後追いするという形ですが、デスクトップ用Yellow Dog Linuxは今後も改良してゆく予定であり、弊社独自の変更としては、メニューやテーマの再編成、パーティションのリサイズ用ツールとの統合、PBボタン(サウンド、ブライトネス、キーボードバックライト)のサポート、設定済みオーディオ機能の組み込み、デュアルヘッドグラフィックへの対応などを行うことになるでしょう」。

Staats氏の予測によると、Appleの撤退後もPowerPCベースのワークステーション市場には将来的な展望が開けているということだ。「IBMからはp5 185が提供されています。分類上はサーバ用となっていますが、ワークステーションに使っても問題ないでしょう。またGenesiからは、デュアル970ワークステーションのアナウンスがされています。IBMの省電力型970シリーズを始め、PA Semiからは革新的な新規CPUのリリースが2007年に予定されており、様々な分野での使用が期待されているPowerチップの将来は明るいと見ていいでしょう」。

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