高級車メーカAudiの推進するLinux導入計画

Volkswagen Groupの傘下にあるドイツの自動車メーカAudi AGは、同社のエンジニアリングシステム全体をLinuxベースに改めるべく、数年がかりでの移行作業を着々と進めつつある。同社の意向としては移行作業を2007年中に完了させ、同年末にはサーバおよびワークステーション上での64ビットLinuxの運用を本格的に開始したいとのことだ。

かねてより“Vorsprung durch Technik”(技術による先進)をモットーとしてきたAudiであるが、同社はここ最近進めているLinux環境への移行作業の一環として、鋳型、フレーム、コンポーネントの設計を始め、衝突テストのシミュレーションや解析結果の3Dグラフィック化など行うCAE(コンピュータ・エイデッド・エンジニアリング)用サーバを64ビットLinux化すべく必要なアップグレード作業を行ってきた。

「2003年から2004年にかけて、Linuxを用いたx86システムの使用率が加速度的に増大しました」と、Audiのスポークスマンを務めるFlorian Kienast氏は語る。「現在これらのシステムをx86-64ベースのシステムにアップグレードすべく、必要な作業を進めているところです」

Kienast氏の語るところでは、同社の使用するCAEアプリケーションの大半はx86-64アーキテクチャでも正常に動作しているとのことだ。「これらのアプリケーションの運用要件を満たすため、システムには充分なメモリ容量とI/O帯域幅を持たせてあります」と同氏は語る。「素直に移行できなかったアプリケーションで主立ったものを挙げるとMSC NastranおよびABAQUSが該当しますね。これらは非常に高いマシンパワーを要求するので。そうしたものについては、大型キャッシュを搭載したItanium 2が有効であることを確認しています」

同社におけるLinuxへの移行はサーバについてのみ進められている訳ではなく、ワークステーションに関しても行われている。

「サーバおよびワークステーション(の双方)で100%の64ビットLinux化を達成すべく、着々と作業を進めているところです」とKienast氏は説明する。「ハードウェアのコストも下がりつつあるので、CAE用に割り当てるCPU数については今後も継続的に増加してゆくことになるでしょう」

Audiにとってこの事例が初のLinux体験ではない。先に見たような移行作業は、過去数年がかりで進めてきたより長期的なLinux導入計画の一部でしかなく、その手始めとして行われたのはシミュレーション用Linuxクラスタの構築であった。「AudiがLinuxベースのサーバクラスタを最初に構築したのは、2001年4月のことでした」とKienast氏は説明する。

このクラスタの用途は、車載用の電気/電子機器類に対するEMC(電磁適合性)のシミュレーションであり、コンポーネント間の干渉やシステム障害を誘発しないかを検証することであった。Kienast氏の言葉を借りると、AudiにおけるLinuxの活用は事実上このクラスタをもって始まった、ということになる。同氏によれば、その翌年に最初のLinux搭載ワークステーションが導入されたのを契機として、同社におけるCAEサーバおよびワークステーションは基本的にLinux環境にて運用することになったという。

この種の用途においてHP-UXなどのUnixサーバを用いてきた部門については、すべてLinuxに置き換えられているとのことである。またLinuxへの移行作業の一環として、Novell製のSUSE Linux Enterprise ServerおよびLinux Networx製のLinuxクラスタも導入されているが、これはMAGMASOFTという鋳型シミュレーションを実行するためのものであり、そこでは新型アルミフレームAudi Space Frameなどの設計作業およびその他のシミュレーションが行われると説明されている。

こうした移行作業は、まずサーバから始められ、その後デスクトップ用ワークステーションへと輪が広げられた。この置き換え作業は滞りなく進行し、Kienast氏によると、過去1年間でUnixワークステーションよりもLinuxワークステーションの方が多数を占めるようになったとのことである。

Linuxの導入は、同社で運用されるWebベースアプリケーションおよび社内ネットを担当するAudi WebCenterでも行われている。Kienast氏によると、この分野におけるLinuxの使用歴も数年に達しているとのことだ。また同社では、Apache Tomcatなどその他のオープンソース系ソフトウェアも活用しているとの説明である。

Audi MediaServicesの広報担当を務めるMatthias Enzinger氏によると、AudiのIT部門がLinuxを選択した理由は、「高速な汎用ハードウェア上で利用できること、価格的にも手頃であること、特定のハードウェアベンダに依存していないこと」という3つが大きな理由であったとのことだ。

「Linuxの導入によって、いくつかのアドバンテージを得ることができました」とKienast氏は説明する。同氏が挙げた最初のアドバンテージは特定ベンダに対する非依存性であるが、企業にとってこれは非常に大きな要件だとのことである。「ハードウェアベンダ間における競争関係が高まれば、おのずとコストも削減できます。またインストレーションやオペレーションに必要なツール群を特定ベンダに依存しない態勢を作れると、(非常に)多数のコンピュータを運用する際の負担も軽減されるようになります」

Kienast氏が2番目に挙げたアドバンテージは、社内で運用するオペレーティングシステムの種類を整理できることである。「利用するオペレーティングシステムの種類を減らせたことで、運用コストも削減できました」

ただしこうしたLinuxへの移行によって節約できた経費だが、Kienast氏によるとトータルで見た削減額は実質的にゼロになるという、1つのパラドックス的な現象が生じているとのことだ。同氏はその理由について、Linuxシステム単体の導入コストは非常に小さいため、その分だけ運用するコンピュータ数が大幅に増えたためだと説明している。「運用するLinuxシステムの数が劇的に増えてしまい、結果的にトータルの運用コストが増加して、削減分を打ち消す形で予算は横ばい状態が続いています」

Enzinger氏も「確かにワークステーションに関する運用コストは変わっていません」としており、「サーバについてはLinux用のものはUnix用のものより小型のマシンで済むため、実際上の必要性もあって運用するサーバ数は増大しており、クラスタ用の管理ツールを使用しない限り、こちらの運用コストが増加しても不思議はありません」との説明をしている。

Audiによる移行作業も完全にトラブルとは無縁とは行かなかったようであり、Enzinger氏の語るところによると、Linuxおよびオープンソース系ソフトウェアへの移行時に遭遇した最大の障害は、新規ハードウェアに対するフリーソフトウェア関係のサポートを確保することであったという。

「汎用ハードウェアは日進月歩で変化し続けています」という不満を述べたのはEnzinger氏であり、同氏によると、選択したハードウェアを使う上で必要なLinux用ドライバが見つからないケースが多々あったそうで、それは特に最新版ないし高品位用のグラフィックス系ハードウェアで顕著であったとのことだ。

現在もAudiによるLinuxへの移行計画は着々と進行しつつある。既に様々なエンジニアリング作業がLinux環境下で実行されている一方で、2007年の末には、Audiの運用するエンジニアリング用サーバおよびワークステーションのすべては無理だとしても、その大半はx86-64ビットLinuxをベースとしたシステムに置き換えられるであろう。

これはEnzinger氏も認めていることであり、すべての移行作業が完了した段階で、Audiは真の意味において“Linuxで設計した”と見なせる高級車を市場に送り出したと高らかに宣言できるようになるのだ。

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