Web 2.0で起業を志す者に捧げる9つの心得

Web 2.0が最近の流行語の1つとなっているが、それが正確に何を意味するのかについては実のところよく分からないというのが実際だろう。漠然としたイメージとしては、ユーザ主導型のコンテンツビジネスに関係するもので、ユーザ間をつなぐネットワークの一種といったところだろうが、果たして何かそれ以上の意味があるのだろうか?

何かがあるに違いない。なにしろ、未だ記憶に新しいGoogleによる16億5000万ドルでのYouTube買収劇といったような事例があるのだから。これだけの金額が動くということは、現在の時流に乗った経営者たちはWeb 2.0ビジネスに参入する糸口を血眼で探しているはずなのである。もっとも、そうした人々の意識の根底にある発想は、世紀の変わり目に発生したドットコムバブル当時がそうであったように、「とにかく事業さえ立ち上げてしまえばユーザなどは後から付いてくるものだ」という考えだろう。

残念ながら、現実はそこまで単純ではない。Web 2.0というオープンな世界で事業を展開する場合、大部分の経営者にとって想定の範囲外であろう不可思議なビジネス戦略に則った活動をしなければならないからである。それがどのような戦略であるかは『Wikinomics』や『The Cluetrain Manifesto』などの書物からある程度の知識を仕入れることも可能だが、これから解説する9つの心得をスタート地点とすることも不可能ではないはずだ。

これから始め出す者は既に出遅れていると心得る

あなたが耳にしたWeb 2.0のサクセスストーリは、何年にも渡る活動の成果なのである。これらの成功者は先駆者たちであり、未だゴールドラッシュは完全に終わっていないとしても、めぼしい鉱脈の大半は掘り当てられてしまっているのだ。そんな状況下で、これから新規参入しようとするなら(特にテクニカルコミュニティの一員でもなく、ソーシャルネットワークに携わった経験もないという人間の場合)、著しい不利を覚悟しなければならない。

だからといって、今から始めても成功が完全に不可能という訳ではない。特に電子メールやニュースレターを使ったカスタマサービスを過去に行ってきた経験のある人間であれば、これから新たに立ち上げるサイトにユーザを引き込んで大金を入手する可能性は大いに残されているだろう。ただし、そうして得られる金額として何桁の数字を妄想するかについては、現実に則した妥協も必要なはずだ。仮に数十億ドル単位の利益を夢見ても、おそらくそれは幻に終わるだけだろう。そうではなく、黒字の決算を出すなり適度な収入源を確保するという穏当な目標を持って事業を進めれば、最終的な失望感を味わう危険性は少なくなるはずである。

これから足を踏み込むのは矛盾に満ちた世界だと覚悟する

まずは現実を見据えよう。ソーシャルネットワークの世界における価値観は、ビジネススクールで学ぶ知識や小さな都市レベルで通用する常識とは著しく相反する存在である。伝統的なビジネス慣行では「利益になるものは手の内に囲い込んでおく」のが正しいあり方だとされているのに対して、ソーシャルネットワークの世界では“共有”するという姿勢が望ましいと見なされているのである。よって経営者たらんとする者は、収益として計上されて欲しい金額と、これから形成するコミュニティで受け入れられるであろう価値観との間に、何らかの妥協点を見いだすよう努めなくてはならない。それは非常な困難を伴う作業である。なにしろ、あなたの運営方針に対する疑惑の発生は、それが萌芽程度のものであっても、呆気ないほど簡単に潜在カスタマの関心を失わせてしまう危険性を秘めているのだから。

世間ズレしたユーザならば、企業である限り利益を追求するのはある程度当然だと受け流してくれるだろうが、露骨な利益第一主義の態度が見透かされれば、たちまちに信用を失ってしまうはずだ。よって心得ておくべきは、Web 2.0に金の成る木を見いだした人間はあなたが初めてではないこと、そしてあなたのコミュニティのメンバの中には、自分と同程度に物事が見通せる人が多数いるはずだ、ということである。

自分は特権的立場にいる訳ではないと心得る

従来馴染んできた発想法からすれば、ビジネスの情報とは基本的に経営者側からカスタマ側に流されるのが自然な姿である。仮にカスタマ側から流される情報のフローがあったとしても、それは経営者側が欲しいままにコントロールできる程度の存在でしかなかったはずだ。しかしWeb 2.0時代のソーシャルネットワークの世界において、経営者側のコントロールなどは不可能なのである。カスタマがあなたに不満を感じれば、遠慮会釈なく批判意見を投げつけてくるはずだ。そうした批判意見をコントロールないし抹殺しようとする試みは、更なる批判を生み出すだけでしかない。

インターネットで行われるカスタマ間のコミュニケーションとはすなわち個人レベルの意見交換であり、そうした世界では経営者といえどもギブアンドテイクの原則を受け入れざるを得ない。この原則は逆らうべき存在ではなく、むしろ経営者たらん者は、礼節を保ちつつカスタマ側の意見を読み取る方法を身につける必要があるのだ。また、個々の批判意見に対してどのような反応をすべきかのセンスも磨かなくてはならない。例えば、コミュニティの大勢ないし発言力の強い人物が述べている意見については、まずもって何らかの対応をする必要があるだろう。逆に、極めて限られた少数派からの意見、ないしは万人に煙たがられているトラブルメーカからの批判であれば、たいていは無視しても大丈夫なはずだ。

公明正大な活動を行う

どのようなコミュニティであれ公明正大な態度を取る者こそが尊敬されるが、それはWeb 2.0の世界も例外ではない。よって状況が許す限り、自分もそうした価値観を共有していることを目に見える形で実証しなければならず、しかもそれはオンラインという限定された空間だけでなく、その他すべての事業活動において一貫している必要があるのだ。多くの矛盾点が露呈した輩に待ちかまえている末路は、口先だけの偽善者としてコミュニティから見限られる運命しかない。

例えば、慈善活動であることを謳いながらWeb 2.0に乗り出した事業が、実際には多数のインターン学生を使役することで成り立っていたことが発覚したとしよう。事業者側の言い分として、「これはインターン学生たちに貴重な実務経験を学ばせているのです」といった反論も可能だろうが、実はそうしたインターンたちには報酬として時給4.50ドルしか支払っておらず、こうした学生の方がフルタイムの職員数よりも多かったとしたらどうだろう? コミュニティのユーザたちが、低賃金で使役されているインターン学生たちの姿を自分たちに置き換えるまでに、それほど長い時間はかからないはずだ。

自分のコンテンツを保護しようという意識を薄める

自分の運営する事業の結果として何らかのコンテンツが生み出された場合、その著作権を主張したところで別にやましいことはないだろう。例えばあるサイトが、外部の請負ライターに料金を支払って原稿を執筆してもらい、キャリアの構築法やビジネス上のアドバイスに関する記事を掲載したとしよう。そして通常のビジネスロジックに従えば、このサイトの適当な場所にコピーライトに関する注意書きを掲示したとしても何も不思議はないはずだ。

ところがWeb 2.0の世界では、そうしたコピーライトをユーザは無視して構わないと見なすのが慣行であり、例に挙げたような通常のビジネスロジックはむしろ卑下すべき存在なのである。よって経営者たらん者であれば、こうした流れに逆らうのではなく、コンテンツの共有を促進するためのクリエイティブコモンズ(Creative Commons)ライセンスの採用を検討すべきだろう。このライセンスでは、正真正銘のオープンな共有形態および、各種の細かな利用条件に関する規定が色々と定められているので、自分の事業で受け入れ可能なバージョンを何か見つけ出せるはずだ。細かな利用条件については、最終的に無視されて終わるだけになる可能性も高いが、そうした違反者の数は限られたものでしかないし、少なくとも著作権に関するオープンな姿勢を示しておくことはコミュニティ内で好意的に受け止められるはずだ。

時間と手間をかけてコミュニティの育成をする

古くからのカスタマをある程度確保している場合でも、新規にサイトを立ち上げるだけでは不充分であることが多い。過去に成功したWeb 2.0サイトの大部分はその宣伝活動に成功したのであり、それらの中には従来的な宣伝手法に頼った場合もない訳では無いが、より多くはブログやメールフォーラムでの口コミ的広告によって存在が知られたのである。コミュニティを形成し始めるに当たっては、悪目立ちするような過剰宣伝を試みるのではなく、この種のサポータ層を育成する必要があるだろう。それを怠れば、誰も利用しない閑古鳥の鳴くサイトが生まれるだけである。

信用を得るために不断の努力を行う

各自のコミュニティとの付き合い方が理解できるまでは、ある程度の時間がかかる場合もある。また、ひとたび良好な関係が築けたとしても、その後も継続的な関係維持を心がけねばならない。例えば某サイトの場合、コミュニティとの良好な関係を築き終わった後でユーザ側のニーズを無視する態度を決め込んでしまい、せっかく育成された信頼関係を失っただけでなく、コミュニティの活動的なメンバがライバルサイトを立ち上げるという結末を迎えてしまっている。

常に新たなアイデアを考え続ける

90年代に流行した仮想Webホスティングと同様、Web 2.0も低予算で参入可能なビジネスである。つまり、特別に高度な専門知識や巨大な開発投資を伴わなくてもこの業種への参入はできるのであり、特にFOSSを活用すれば参入時の障壁は一段と低くなる。ただし、スタート時にはプラス要因であった存在が、コミュニティの関心をつなぎ止めておく段階になるとマイナス要因として作用し出すことも覚悟しておかなくてはならない。Web 2.0の登場からわずかな年月しか経っていないが、このコミュニティの住民がいかに移り気な存在であるかは、彼らが常に目新しい流行サイトを気ままに渡り歩くことで実証されている。つまり、立ち上げたサイトが軌道に乗ればそれで全て終わりというのではなく、その後も継続的にユーザを引き留めておける要素を提示し続けられるよう、魅力あるコンテンツとは何かを常に考え続けなくてはならないのだ。

ここで問題となるのは、サイト立ち上げ当初のコンテンツがシンプルなものであればある程、将来的に斬新なコンテンツを生み出しにくくなるという傾向である。del.icio.usのようにサイトの存在そのものに特異な価値がある場合でもない限り、いつかは自分の主催するサイトの運営方針を大幅に変更しなければならない時機が到来するはずだと、今からある程度の覚悟をしておく必要があるだろう。

何が利益を生む源泉であるかを心得ておく

Web 2.0の世界で掲げられている理想論と、事業運営上の収益とのバランスを取るのは、非常にサジ加減が難しい作業である。運営側の行うどのような試みに対しても、たいていはコミュニティの一部から批判意見が展開されるものだからだ。例えば有料の広告掲載を始めれば、ユーザ側からは広告がジャマだという不満の声が沸き上がってくるだろう。またClassmates.comのようにサイトの正式利用を有料化すれば、利益の源泉であるはずのコミュニティの拡大を自ら阻害してしまうことになってしまう。

結局の所、その正確な姿を誰もが把握しかねているWeb 2.0というビジネスモデルにおいて、直接的な金銭収入などは全体の一部でしかないのである。例えば私の知っているある企業は、4年間にわたって100万ドルもの資金をビジネスネットワーキングに投入したにもかかわらず、その10分の1の年間収益すら上げることができなかったくらいだ。そして最終的にこの企業はeBayで売りに出されたのだが、入札開始価格はわずか60,000ドルに過ぎなかった。

言うまでもなく最も確実に利益につながる行為は、売却時の企業価値を高められるようコミュニティを大きく育て上げておくことのはずだが、それでも過去に行った投資に見合うだけの金額を回収できる保証は存在しないのである。また売却時にプラスの利益を上げられたとしても、それは見方を変えれば、あなたの育てたサイトからどのようにして利益を上げるかという難問を、サイトの売却先に押しつけただけに過ぎないとも言えるのだ。

まとめ

ここで説明した心得が悲観的な見方で満ちていると受け止められたなら、それは読者諸兄に私の真意が伝わったということでもある。ビジネスという観点から見た場合、Web 2.0ほど経営者が実態を把握しにくいものはなく、そこでの成功はいずれも短命で終わる可能性を秘めている。過去にWeb 2.0ビジネスで巨万の富を得た実例がいくつか存在し、今後もより規模の小さい富を授かる者が何人かは出現してくるであろうが、あと1ないし2年も待てばこのブームにも終焉が訪れるはずである。よってWeb 2.0で一稼ぎしようと欲するならば、早々に参入を果たし、自分のコミュニティを可及的速やかに育成してしまうに尽きる。実際、来年の今頃になれば、Web 2.0などは過去の出来事の1つに成り果てている可能性すらあるのだ。その段階になってもいくつかのサイトは活動を続けているだろうが、その大部分は穏当な利益を上げているに過ぎず、また一部のサイトは他の事業への客寄せ的存在と化しているだろう。そうした点を心得ておき、眼を大きく見開いてトレンドに追随し続ければ、Web 2.0のブームが消え去った時にも大きな失望は味あわなくて済むはずだ。

Bruce Byfieldは、コンピュータジャーナリストとして活躍しており、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿している。

NewsForge.com 原文