現状の出願済みLinux特許に対する一考察

 Acacia Technologies Groupが同グループの有する3件の特許をRed HatおよびNovell版Linuxが侵害したとして起こした特許侵害訴訟以降、Linux業界は色めき立っている。ところで、この種の特許侵害訴訟はLinux全体にとってどの程度の危険性を秘めているのだろうか? 本稿ではその1つの指標として、Linuxに関連する米国特許公報の現状について考察してみることにする。

 一般にコンピュータプログラムの多くは著作権や企業秘密という形態で保護されているが、信号処理やハードウェア制御などの有形な用途に供されていない限り、特許(パテント)として直接申請することはできない。逆に言えばオペレーティングシステムも、ビジネスモデルまたはコンピュータのハードウェア制御に関してのものとすることで、その特許を申請することは可能なのである。よってオープンソースないしフリーウェアの形態を取っているLinuxであっても不特定の企業がその関連する特許を出願することができ、われわれ第三者がLinuxを特定の用途に使用した結果そうした権利が侵害されたと見なされる危険性を秘めていることになる。

 1つの特許は、要約(抄録)、明細書、請求範囲などで構成されている。特許の要約とは明細書の内容を簡潔にまとめたものであり、特許の明細書とは申請内容のすべてを詳しく書き記したものである。特許の請求範囲については、難解な法律用語が多用されるため、通常は専門家以外には読みこなすことすら困難なものとなっている。

 法律的な観点からは特許の請求範囲が最も重要な意味を有しているが、それは考案内容の何が特許として申請されていて法的な保護対象となるのかが、ここに記されているからである。一方の技術的な観点からは特許の明細書が最も有用であり、それは考案内容についての技術的な説明がここに記されているからだが、請求範囲に見られる専門的な法律用語がそれほど使用されていないからでもある。請求範囲に記されている機能は必然的に明細書にも記されているはずであるが、機能に関する議論は請求範囲ではなく明細書の方で行われることもある。

リサーチに用いた検索の基準と注意事項

 特定テクノロジに関連する考案内容は特許のタイトルを検索することで見つかることもあるが、逆に考案内容がどのようなものであるかが直ぐ分かるようなタイトル(および該当する請求範囲の記載)を付けていない申請者も存在している。これは例えば鉛筆を特許申請するとして、その際のタイトルを「黒鉛を用いた通信器具」としているようなものである。とは言うものの、関心のある内容に関連する特許のタイトル、要約、請求範囲、明細書を検索することは、それなりに有用な結果を得られる場合があるはずである。

 ここではごく単純に、アメリカ国内で取得ないし出願された特許(特許公報にあるもの)を対象にして、“Linux”という用語の使われている、タイトル、要約、請求範囲、明細書を検索してみた。その際の検索用語としては、GNU、Red Hat、オープンソース、フリーオペレーティングシステムなどは指定しておらず、直接的にLinuxという用語が使用されている特許の案件や出願だけをピックアップするようにした。これにより現在のアメリカにおけるLinuxを取り巻く特許の概要がつかめるはずである。

 交付済み特許のデータベースに登録された考案内容については、特許公報のデータベースにも登録されている可能性が高い。これは正式な特許取得後もその申請書は特許公報データベースに残されるため、双方のデータベース間で重複が生じるからである。また特許申請書が公開されるのは(2000年11月29日以降に出願されたものに関しては)出願日の18カ月後になるので、以下の検索を行った本年10月22日時点においては、2006年から2007年の出願物の多くは未だ特許公報データベースに登録されていないと考えなければならない。

Linuxに関係する特許および特許出願の検索

 交付済み特許について米国特許データベースのタイトル検索で“Linux”を調べたところ、「LinuxからWindowsへの移行」(Centaris Corporation――2007年出願)、「WindowsファイルのLinuxシステム上での閲覧」(Gateway, Inc.――2007年出願)、「Linuxでのオンライン診断」(IBM―2004年出願)という3件がヒットした。同じく出願中特許について米国特許データベースのタイトル検索で“Linux”を調べたところ16件がヒットし、その考案内容は、「LinuxシステムでのUSBデバイス開発をサポートするオペレーティングシステムリソースの診断」(Electronics and Telecommunications Research Institute:韓国――2006年出願)、「Linux組み込み電子デバイス」(Moxa Technologies:台湾――2005年出願)、「Linuxをベースとしたモバイルヘッドセットでの圧縮解凍技術の利用」(Bitfone Corporation:カリフォルニア――2005年出願)などというものであった。

 交付済み特許について米国特許データベースの要約(抄録)検索で“Linux”を調べたところ17件がヒットし、その考案内容は、「異なるオペレーションシステム間でのリソース転送」(譲受人不明――2001年出願)、「航空機搭載コンピュータでの遠隔および自動操作によるデータ読み込みの始動とデータ取得」(譲受人不明――2002年出願)、「ネットワーク接続を介したオペレーティングシステムのリモートインストレーション装置」(Akamai Technologies:マサチューセッツ――2002年出願)などというものであった。

 同じく出願中特許について米国特許データベースの要約(抄録)検索で“Linux”を調べたところ75件がヒットし、その考案内容は、「Webブラウザオペレーティングシステム」(National Science Foundation――2005年出願)、「煙探知器」(譲受人不明――2003年出願)、「移動体通信でのLinuxベース組み込みシステムの実装」(Pantech Company, LTD:韓国――2004年出願)などというものであった。

 交付済み特許について米国特許データベースの請求範囲検索で“Linux”を調べたところ76件がヒットした。同じく出願中特許について米国特許データベースの請求範囲検索で“Linux”を調べたところ373件がヒットした。 これら多くの特許および特許申請では「請求××のデバイス、手法、システムで使われているオペレーティングシステムはLinuxである」といった従属型の請求が行われている。そうした1つの事例は特許公報20040221275(Computer Associates Think, Inc.)に見られるもので、その独立クレーム(請求)としてはターゲットシステムにカーネルを適用する手法と装置が記されていて、従属クレーム(請求)としてこのカーネルがLinuxカーネルを指すことが述べられているのである。

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図1:明細書でLinuxに関する記述のある米国の特許数(青:交付済み特許、黄:申請中特許)

 交付済み特許について米国特許データベースの明細書検索で“Linux”を調べたところ4,697件がヒットしたが、これは出願日を1995年にまで遡った結果である。同じく出願中特許について米国特許データベースの明細書検索で“Linux”を調べたところ16,694件がヒットした。図1は、その明細書においてLinuxに言及されている特許および特許申請の総数を出願年別にまとめた結果である。これを見ると、交付済み特許の数は2001年にピークを迎えており、特許申請の数は毎年増加し続けているという傾向が分かる。ただし先に触れたように、このうち2006年と2007年に出願された特許申請の中には公開前のものがあり、ここには含まれていない分があるはずである。つまり両者の傾向に違いが生じているのは、おそらく2002年以降に出願された特許申請にはいまだ係属中(特許として受理されるか拒絶されるかの審議中)のものが多いためであろう。そのため、これら未決の特許申請に対する判定が下されるまで待つことができれば、交付済み特許においても同様の増加傾向を示すものと推測できる。

 こうした統計情報は非常に興味深いものではあるが、ここで1つ言えることは、商業分野における特定用途でのオペレーティングシステムの使用やLinuxカーネルの採用をする場合は、事前に特許データベースを調べておく方が賢明だということである。

Linux.com 原文