フリーソフトウェアを陥れる罠

Free Software Foundation(FSF)は、常々、言葉の魔力を重く捉えてきた。このことを最もよく示しているのが、FSFが「GNU/Linux」という用語にこだわり、認知度を高めるために「フリーソフトウェア」という言葉を「オープンソース」と同じように重用していることだろう。現在、FSFは、デジタル著作権管理(DRM)テクノロジの危険性を世間に周知する運動の準備を進めており、反対派の意見が自然に信用を失ってしまうような形で論争に突入するやり方に疑問を呈し、奮闘を続けている。

FSFの常任理事、Peter Brown氏によると、DRM支持派によるこうした戦術をあばき、仕組まれた用語を事実に即した用語に置き換えようと試みることが、今回の運動の準備、ひいては運動そのものの大きなねらいだという。Brown氏は、カリフォルニア大学バークレー校で言語学と認知科学を研究するGeorge Lakoff教授が「フレーミング」と呼ぶ概念に関心を寄せている。本来、フレーミングとは、議論の一方の側に支持を集めるための定義付けをいう。たとえば、米国の共和党は、「減税」という言葉を用いて課税問題の議論を行うことで、党の見解に支持を集めた。減税(tax relief)という言葉は、税金が高すぎることを暗示するだけでなく、救済(relief)のような感情を喚起する単語を使うことによって、それを支持する者には圧政者に立ち向かっているような感覚を、それを疑問に思う者には匿名の圧政者を支持しているような感覚を与える効果もある。Lakoff教授は、米国の右派はフレーミングの重要性を十分に理解し、かなりの時間と労力、資金をそこに投入している、とほのめかす。これに対し、概して左派は、フレーミングによって世論がどのように形成されるかに疎く、ただ事実を述べていれば十分な支持が得られると無邪気に考えているふしがある、という。

FSFは、フレーミングが数々のテクノロジ関連の問題にも影響すると見ている。事実、Brown氏は、FSFの立場に異を唱えるする人々を、米国における仕組まれた政治的世論の形成を助ける人々と同じように見ている。「連中はマーケティングに莫大な資金をつぎ込んでいる」と彼は述べる。「彼らは、その筋の専門家で、情報を収集し、人々が世論を受け入れるかどうかを理解している。その結果、人々は、自分たちのインストール環境や世間の目が届かない消費者プロジェクトを後押しするようになる」

FSFの創設者、Richard Stallman氏は、フレーミングの一例として「知的財産権(intellectual property)」という語句を挙げている。彼は、この語句を「魅惑的な幻影」と語り、創造的で知的な活動と物理的な物体との間に誤った類似性を人々に植えつけようとするもので、著作権、特許、商標といった個別の概念を誤解を与えるような形で1つの問題にまとめたものだ、と非難する。同じように、Brown氏は、ファイル共有を「著作権侵害/海賊行為(piracy)」と無意識的に呼ばせることで「合法的な利用をまるで大量殺戮のような重い罪に転化」させようとしていたり、インストールするとハードウェアをセキュリティ上信頼できないものにしてしまうテクノロジを「信頼できるコンピューティング(trusted computing)」という言葉で説明している例も挙げている。

Brown氏は「デジタル著作権管理(digital rights management)」という語句を次のように分析する。

「権利(rights)」とは、権利章典(Bill of Rights)が示しているとおりのもの ― 誰もに利益を与える、奪うことのできないもの ― である。DRM技術を利用した製品のユーザに対して、あなた方は製品の権利を管理しているのだ、と思わせることで、ユーザを満足感を与え、それはすばらしいことなのだと伝えているのだ。実際、米国映画協会(Motion Picture Association of America、MPAA)や全米レコード協会(Recording Industry Association of America、RIAA)の人に話せば、まったくそのとおりだ、と答えてくれるだろう。連中はまるで、DRMによって消費者は自分たちの権利を理解できるかのように語っている。しかし、実際には、DRMが消費者から権利を奪っているのである。

「管理(management)」という語は、DRMテクノロジに対し、「ユーザはDRMのおかげで自分たちの権利を保持でき、その内容を知ることができる」という考えを生み出している、とBrown氏は語る。「しかし、ユーザは次のように主張すべきなのだ。DRMは自分たちに制限事項を理解させるためのものであるにもかかわらず、連中は自らの利害とユーザの権利とを混同させようとしているのだ、と。連中は、制限を受けることが消費者の利益になる、と我々に信じこませようとしている」

仕組まれた言葉に対処する難しさ

仕組まれた語句を分析するだけでなく、FSFでは、それらに代わる語句を見つけ出そうともしている。代替案のない語句もあるが、それはそうした語句があまりにひどく誤った使われ方をしているからだ。Stallman氏は、その例として、「知的財産権」は語弊が強すぎるため、元の個別の問題に分割して対処するしかない、と述べている。しかし、その他の用語では、適切な代替語句がFSFによって編み出されている。たとえば、「信頼できるコンピューティング」に対しては「信頼のおけないコンピューティング(treacherous computing)」を提案している。元の語句と響きが似ているだけでなく、ユーモアを効かせてポイントを強烈に印象づけている点が見事だ。

同様に、「デジタル著作権管理」については、「デジタル諸制限管理(digital restrictions management)」または「デジタル諸制限マルウェア(digital restrictions malware)」で置き換えることを提言している。しかし、この2つはどちらも満足のいく出来ではないそうだ。「なぜDRMに反対する必要があるのか、を一般の人々にわかってもらえるような語句や用語を見つけ出したいのだが」とBrown氏は語る。「あと一歩、というところまでは行くのだが、最後の詰めの部分が非常に難しい」

その難しさの一端には、仕組まれた言葉による制約を打ち破るには、その考え方に対処し、その真意を説明するのに相当な時間を費やさなければならないことがある。これには、FSFの考え方を広めること以上に時間がかかる。「使っている言葉のすべてが自らの信念に反している場合、自分の意見を論じたり、要点を伝えるのが非常に難しくなる」とBrown氏は説明する。

さらに、仕組まれた言葉の反対者たちは、「政治的に妥当な処置」 ― この語句そのものが、反対活動が取るに足らないもので、無意味であると思い込ませる手立てになっている ― として解雇されるリスクにさらされる。

フレーミングを打ち破るのが難しいもう1つの理由として、専門家によるマーケティング技法がある。「強烈な印象を与えるにふさわしい語句を見つけ出すために、適切な組織に莫大な資金を投入しなければならない理由が私にはわかる」とBrown氏は述べている。「我々は、そうした取り組みに対抗するために自分たちの内部で苦闘しなければならないのだ。できることなら、(外部に不要な資金をかけることなく)我々の支持者からふさわしい語句が見つかることを望んでいる」

さらに重要なのは、Lakoff教授が急進派と呼ぶ典型的なFSF支持者の多くは、言葉を操作するという考え方を毛嫌いしていることだ。この反応は、おそらく、多くのFSF支持者がプログラミングに携わっており、平均的な人々に比べて客観的な事実をより信用し、論理的に議論することの効果を確信している傾向がある、いう事実と関係があるのだろう。Brown氏は、現行のGNU General Public License(GPL)の改訂に向けた取り組みの中で生じた次の出来事を回想する。

我々は、どうすれば人々に働きかけ、心を通わせることができるかについて話し始めた。Richard(Stallman氏)がすぐに、マーケットでの利益追求を思わせる言葉を少しでも用いることに対して極度の警戒心を示した。人々に対して誠実でありたいと望んでいるからだ、と彼は言う。結果として、フリーソフトウェアの運動は、自らの開発成果を秘匿して無駄にするのではなく、その成果をほかの人と共有する、という考えに基づいている。つまり、この取り組みの核心には、誤った概念、悪用される思想や言葉に彼らを縛りつけたくはない、という事情があるのだ。

動物の倫理的扱いを求める人々の会(People for the Ethical Treatment of Animals、PETA)など、ほかの活動グループが、多くの支持を集めつつ効果的な宣伝活動を進めていることをBrown氏は認めている。また、彼は、正当な理由があるなら「必要なものは何でも手に入る」と提唱し、コミュニティ組織化の父と呼ばれるSaul Alinsky氏のような過去の活動家のことも十分に承知している。「立派なアドバイスだ」とBrown氏は語る。「だが、実行するのは難しい。我々は、マーケティング言語の効果を認めているし、もっと効果的なメッセージを発信できることもわかっている。だが、そうしたやり方は、ただ倫理面において、この組織にはふさわしくない。倫理面を取ることで効果が失われる可能性があることもわかっている。だが、たとえ、もっと大きな成功が得られるとしても、我々の主義を曲げるわけにはいかないのだ」

こうした困難はさておいても、仕組まれた言葉に対処する必要性は依然として残っている。Brown氏は、その必要性を、FSFの職員がRichard Stallman氏との仕事から学んだ経験になぞらえている。Stallman氏はこの経験を「デバッグ処理」と呼ぶ。

信頼できるコンピューティングやDRMがまかりとおる世界からやって来る人々に対し、Stallman氏は、時間をかけて「デバッグ」を施し、問題をもう少し明確に捉えられるように導いている。彼が望んでいるのは、人々が状況をはっきりと理解することだ。きちんと状況が理解できれば、おそらく自分の考えに同意してくれるだろう、と彼は考えている。

同じように、Brown氏も次のように説明している。「誤った用語の使い方をしている人々に自分の意見を述べ、理解してもらうのが非常に難しいのは、その本人の使っている言葉のすべてが自らの信念に反したものだからだ」

今回の運動について

FSFが進めようとしているDRMへの反対運動に関して、問題になるのは言葉だけではない。反対運動はまだ計画段階で、Brown氏は運動について語るのを渋ったのだが、どうやらFSFは、最初の段階として、FOSSコミュニティ以外で同盟を組んでくれる組織を探しているようだ。「これは市民社会にとっても大きな問題だ」とBrown氏は述べている。「フリーソフトウェアは、学校の保護者会で保護者たち全員から質問が出るくらいの問題にならなければならない。リサイクルの問題だけでなく、学校ではフリーソフトウェアを使っているのか、とか、うちの子はフリーソフトウェアの使い方を教わっているのか、といった問い合わせがあって然るべきなのだ」と彼は語る。Brown氏が望んでいるのは、活動家たちとの提携、そしておそらくは国際的な反対運動の日や直接的な行動だろう。

また、この運動は、FSFがこれまで検討してきたものの中でも最大規模になると期待されている。MPAAやRIAAを相手に「我々は政治的に最も強大な組織の2つと真っ向から対立するのだ。最も巧みに幻影を作り出す人々を引き合いに出してこの話題を語ることに何の不思議もない。彼らはワシントンに対して驚くべき影響力を持っているのだから」とBrown氏は述べている。同時に、FSFは非営利組織であるため、米国で議員への働きかけを行う活動が禁じられている。したがって、FSFの活動には入念な計画が不可欠であり、間接的な取り組み ― 場合によっては、ハードウェアメーカーを直接の対象としたもの ― を粘り強く繰り返す必要がある。

ただし、今回、言葉の効果を検討するのは、あくまでこの計画された運動の斬新さと影響範囲を考えてのことである。「この運動は、一般の人々の世界にも一石を投じることになる」とBrown氏は述べている。「我々は、FOSS業界の外側、そしてNewsForgeやSlashdotの外部からの注目を必要としている。これはかつて経験したことのない状況であり、これまで実現できなかったことでもある。きっと大仕事になるだろう」

Bruce Byfield氏はセミナーのデザイナ兼インストラクタで、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリストでもある。

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