オープンソースとバイオ技術の共生的発展

バイオ技術の研究者たちは、人の命を救い幹細胞や遺伝子や農業などの研究を推進する可能性を見据えて、オープンソース・コミュニティのソフトウェアと考え方をさらに広く取り入れようとしている。オープンソースの思想やコードを借りて、バイオ技術のコラボレーション・システムやサイトあるいはプログラムを作成しているのだ。さらには、特許を逆手にとって、これをコラボレーションを進める道具に利用しようとも試みている。

Apacheの開発者であり、CollabNetを創設して現在CTOを務めるBrian Behlendorfは、NewsForgeとのインタビューの中で、非営利団体Cambiaの有力な創設者であるRichard Jeffersonから相談を受けたことを明らかにした。2人は、従来とは「根本的に異なる」遺伝子パターニングに関する特許を利用して、情報の共有を推進する――阻止するのではなく――方策について話し合ったという。

「Jeffersonは、一人の学者としてバイオ技術に蔓延する特許化を苦々しく思っていた。我々が検討したのは、この基本特許を利用してオープンソース・コミュニティを作り上げる方法だ」

このプロジェクトからBIOS InitiativeおよびBioForgeのサイトとコミュニティが生まれる一方、CollabNetにとっても、提供しているコラボレーション・ツールの妥当性を検証し、コラボレーションの速やかな創出の有無を確認する機会になったという。

「我々のツールが、ソフトウェア産業だけでなく、それとよく似た産業にも有効かどうかを見るよい機会だった。まだ実験段階で、評価するにはあと1年は必要だろう」

両産業には明白な違いがあるが、オープンソース・ソフトウェアとバイオ技術には類似性もあり、情報共有の情報を共有するよい機会になるだろうという。

「バイオ技術産業の現状を見ると、現時点では、(オープンソースとの)隔たりは極めて大きい。(バイオ技術は、)積極的に特許を取得し知的財産権で投資を保護することに熱心だった。また、研究や開発でも、大学でさえも、ソフトウェア技術よりも多くの資金が使われてきた。そして、その成果を受け取るのは、それを商品化できる企業だけなのだ」

しかも、バイオ技術の知識を広める活動の中で、透明性と進歩を促進するためにCambiaとBIOS Initiativeが提案している新しいビジネス・モデルが手段として選んだのは、オープンソースではしばしば汚れた言葉とされる特許なのである。

Behlendorfは、この考え方がオープンソース・コミュニティの間に混乱と幾分かの不安を生み出していることは認めるが、地球において最も重要なバイオ技術問題にオープンソースの共同原理を広げることを狙いとするこの計画が、まだ完全には固まっていないことを強調した。

「Cambiaのライセンス・スキームは、すぐには完成しないだろう。ある特許のライセンスを利用して将来の特許を利用可能にしようというのが、基本的な考え方だ。その仕組みについてはまだ検討中であり、BioForgeに相応しいライセンスおよび知的財産権について話し合っているところだ。月に旗を立てるような遠大な計画なのだ。成り行きを見守ろうと思う」

一方、CambiaのJeffersonは、NewsForgeに寄せた電子メールの中で、このライセンス・フレームワークを実験というより現在進行形の実習として説明した。

「これは動的で発展的な実習だ。我々は本格的に動いている。小手調べではないのだ。すでに公表したライセンスはかなりよく練られたもので、大企業を含むいくつかの企業で採用の準備が進んでいる。我々は法的な面からも実践的な面からも長期にわたって検討してきた。1か月以内にライセンスを供与することになるだろうと思う」

Jeffersonが縷々説明したところによれば、Bioforge.netサイトはまだ初期段階にあり、これからも大きく変わるだろう。しかし、Biosライセンスもまだ動いているが、完成度はBioforge.netサイトよりも高いという。

「著作権とは異なり、特許では対象も適用分野も多岐にわたるため、それぞれに合わせてライセンスを調整する必要がある。そこで、認定制度を準備中だ。OSIという先例があるが、ライセンスの認定数が『あまりにも多く』、管理上の問題を抱えている。その轍を踏みたくはないが、特許の世界と生命科学の世界では、それ以上の柔軟性も必要だ」

オープンソースの広がり

現在、BIOS initiativeが基礎としているものを、Jeffersonは、世界初のオープンソース・バイオ技術ツールキットの「カーネル」と説明している。Linuxでは、オペレーティング・システムのカーネルを中心にコミュニティ開発が広がっているが、これに模しているのだ。バイオ技術のカーネルは、遺伝子を導入する方法であるTransBacterや、その遺伝子の位置と発現の仕組みを視覚化する方法であるGUSPlusなどの新技術から構成されている。

「我々の場合、先端的技術は研究室で生まれ――もちろん、Bioforge上のCollabnetフレームワークは例外だ――、Patent Lensで多くの価値を生み出す。我々には非常に優れたIT技術者がいて、特許の膨大なデータを全文検索したり解析したりする(C言語の)プログラムを作っている。Dekkoと呼んでいるが、すでにバージョン3.0だ。この分野では最大の特許検索ツールに成長しており、近々、さらに大幅な改良も予定されている」

Jeffersonは、もう一つの「作業成果」についても言及した。これは、特許データとその全体像の解析と表示に関連して補助的な役割をする。

「Bioforgeをさまざまな分野に活用したいのだ。そのため、科学プロジェクトの管理や情報交換のためのツールを用意し、Bioforgeをバイオ技術だけでなく、もっと広く農業を超えて、多くのユーザーにとって使いやすいものにしようと考えている。ターゲットは公衆衛生や天然資源管理や環境などの分野だ」

Jeffersonは、その活動について、Behlendorfだけでなく、オープンソースの法律の専門家であるEben MoglenやMitch Kaporあるいは出版者のTim O’Reillyら、オープンソースのリーダーたちの助言を仰いできたが、成功の報酬は、特許に基づく共有プロセスによって救われるであろう何十億という人間の生命であると語った。

「使う人が多ければ障害は少なくなるというオープンソースの理念に共感し、あらゆる問題はコラボレーションにより解決できると我々は考え、実践しようとしている。技術革新が特許化されたために、40〜50億もの人々がその恩恵を受けていないのだ」。インタビューの中で、Jeffersonはこのように語っている。

Jeffersonのグループは、Nature2月号に共有のための新ライセンスプランを公表した。Jeffersonによれば、その目的はインターネットとコラボレーションの持つ可能性を活用して、植物の育種や医薬品など、バイオ技術の応用に関する知識と情報を知的財産権に関わる問題を引き起こさずに広げることだという。

「この概念を発展させてライセンス契約書を作るのに15年を費やした。オープンソースの概念のお陰で、特許を利用して進歩とユーザー・コミュニティを制限するのではなく、強化することが可能になった」

バイオ技術産業はソフトウェア産業からオープンソース・ソフトウェア開発の概念を借用したが、そのお返しとして、ソフトウェア分野でも有効な特許モデルを提供できるかもしれないとJeffersonは言う。

「バイオ技術は、特許の解析技術で役に立てるだろう。我々は、特許の世界の完全な透明化に向けて協力したいと考えている。それができれば、市場に声の届かない何十億という人々が最終的に利益を得ることになる」

Cambiaはオープンソース陣営のMoglenやOpen Source Development Labs(OSDL)などと協力して、生命科学で使われている検索と解析視覚化ツールをソフトウェア特許にも適用できるだろうという。

「だから、我々とITコミュニティとの協力は劇的に進むだろうと考えている。バイオ技術は、過去何年もの間、特許の悪夢に直面してきたし、今も直面している。その悪夢にうなされてITコミュニティは、悲鳴をあげて目を覚ましたところだ。我々のツールはすべて、文書化が完了し生産的な共有と利用が可能になった時点で、オープンソース化されるだろう」

Jeffersonは18年前からバイオ技術を研究し、特許の目的――元来、元のアイディアの変更や回避や改良を許容するために作られたものだとJeffersonは考えている――を転換しようとしてきたが、オープンソース・ソフトウェア運動を知り調べたことから両業界の発想を組み合わせるアイディアが生まれたのだと言う。

「我々は、オープンソース・コミュニティとほぼ同じ時期に活動している。この相乗効果と類似性は浅薄なものではない」

産業を興す開発モデル

U.S. BioDefense(本社米国カリフォルニア州)によるOpen Source Stem Cell Research and Development Platformや知的財産検索エンジンなどのプロジェクトを見れば、オープンソースのソフトウェアと理念がバイオ技術分野で活用されている様子がわかる。Open Source Develop LabsのBill Weinbergはオープンソース・アーキテクチャの専門家であり推進者だが、最近始まったバイオ技術とオープンソースの融合に注目している。そして、この2つの産業の間には明らかにある種の類似性があると言う。

「バイオ技術分野では多くの配列決定ソフトウェアがLinuxをホストにしており、相乗効果が窺える。Linuxは研究室のマシンに使われたし、スケーラビリティがあるためグリッド構成にして高パフォーマンス処理のために使われるようになったが、これはバイオ技術分野で顕著だ」

Weinbergによると、バイオ技術分野にはLinuxを使用した並列処理による成果がすでに生まれているものの、オープンソース・ソフトウェアとバイオ技術の間には明らかな違いがあるという。特許の取得に業界を挙げて奔走しているが、遺伝子を作った者は、企業を含めて存在しないからだ。しかし、類似性は顕著であり、それによって互いに利益をもたらすだろうと言う。

「歴史的に、科学におけるオープン性は科学の発展を促進してきた。そのオープン性が、今度は、オープンソース・ソフトウェアの発見と急速な発展に導いたのだ」

Linuxを作ったLinus Torvaldsらがソフトウェアにおける特許の否定的な側面を指弾してきたが、それと同じように、Jeffersonを含む研究者たちも、バイオ技術の手法やプロセスが特許化されることによって進歩が妨げられると批判している。

「バイオ技術では、塩基配列の囲い込みは科学の進歩を阻害すると非難されてきた。それにちょうど対応するものがオープンソースにもある。自明な手順にまでソフトウェア特許を認めることは明らかに進歩を阻害するという、Linusたちの主張だ」

Weinbergによれば、バイオ技術とオープンソース・ソフトウェアの両業界が相互に学び得る領域は多い。とりわけ、困窮している開発途上国がバイオ技術や医薬品企業に求めている分野では多いという。

そして、オープンソース・ソフトウェアとバイオ技術を組み合わせて産業を興すことに成功した開発途上国の例としてキューバを挙げた。

「キューバでは、すぐにも利用可能なオープンソース・ソフトウェアを利用して、何もないところから産業を興している。プロプライエタリ・ソフトウェアの時代が終わりつつあるように、バイオ技術でも、一部の障壁は壊れつつある。そうした国々はオープンソースを活用して(バイオ技術産業の)発展を図っており、どちらの産業も進歩を促進する手段としてオープン性とオープン性の維持を掲げているのは象徴的だ」

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