POV-Rayに見るライセンス変更の難しさ

Persistence of Vision Raytracer(POV-Ray)は15年の歴史を持つグラフィックス・ソフトウェアであり、このソフトウェアがいつまでもフリーかつオープンであり続けるようにと願って作られたライセンスの下で提供されてきた。しかし、そのライセンスが許容する範囲は未だに定まらず、思いあぐねたPOV-Rayの開発者たちは現在新たなライセンスを模索している。

POV-Rayのライセンスは、POV-Rayが誕生して以来実質的に変わっていない。しかし、新たなライセンスが必要だという点で主な開発者たちの考えは一致しているとPOV-Rayプロジェクトのチーム・リーダーChris Casonは言う。さらに、オープンソース・ライセンスとして認知されているライセンス――たとえばGNU General Public License(GPL)――が理想的だという点でも異論はないが、それは必ずしも彼らの望む道ではないという。

POV-Rayは、個人利用用とディストリビューション用の2つのライセンスの下で配布されている。

Casonによれば、これらのPOV-Rayライセンスはプロジェクトで活動する開発者たちを守る目的で作られたのだという。プロジェクトの開発者たちは、自分たちの作ったソフトウェアが自由な共有を是とする人々によって自由に使われることを望んでいる。想定している利用者には、共有したい開発者だけでなく、Linuxディストリビューションを販売している開発者も含まれる。POV-Rayの開発者たちが望むのは、ただ、ソフトウェアの製作者が明示されることだけなのだという。

「食い物にしようとする人たちが昔から随分いたのですよ。ただ乗りの人たちは御免です。レイトレーサーや写真品質のグラフィックス(アプリケーション)といったソフトウェアを手に入れ、それを利用して自分たちのアプリケーションを作り、何の断りもなく勝手に売ろうとするような人たちが世の中にはいるのです」

しかし、POV-Rayの開発者たちが自分たちを守るために作ったライセンスが、今、彼ら自身を苦しめている。Open Source Initiative(OSI)の認定ライセンス下にないソフトウェアは敬遠されるからだ。

Casonによれば、POV-Rayの開発者たちは彼らが考える問題点に対処できるようなOSI認定ライセンスを望んでいるのだという。とりわけ問題にしているのは、派生物と見なされる共有ライブラリという概念に関することだ。Mozilla Public License(MPL)やSunのCommon Distribution and Development License(CDDL)では、POV-Rayチームが望む保護のすべてをカバーできないという。

GPLを使わない理由

OSIのBoard of Directorsおよびライセンシング委員会の委員であるRussell Nelsonは、GPLの意味が了解されるまでには何年もかかり、Linus TorvaldsがLinuxカーネルに採用するまでGPLが本当に受け入れられることはなかったと述べた。

Nelsonは次のように言っている。コミュニティの中で共有すべきと考える範囲は人によって異なるが、共有が中心的課題であり責務である点では一致している。しかし、そのこととGPLで開発者たちが作った著作物の使用を制限したり保護したりすることとは無関係――ライセンスは支持者の多くが思っているような文字通りの福音書というよりもスローガンに近いという。

「ライセンスに書かれている実際の条文はさほど重要ではないと思います。重要なのは、ライセンスがコミュニティの価値を反映しているかどうかです」

POV-Rayが作られたのはGPLが普及する前であり、その後、現在のようなオープンソース・コミュニティが形成され、そのコミュニティが徐々に現在の価値観を作り上げた。それにもかかわらず、POV-RayライセンスはGPLによく似ており、POV-RayがGPL採用の第一陣に加わらなかったのは、単に最初の開発者がGPLの存在を知らなかったからにほかならないとCasonは言う。

POV-Rayプロジェクトが開始されたのは1991年である。しかし、POV-RayのWebサイトにあるコードの歴史によると、ソフトウェア自体は開発者David Buckが1987年に開発に着手したアプリケーションDKBTraceにまで遡るという。DKBTraceは1988年にAaron Collinsの手に渡り、そのコードからPOV-Rayが生まれた。

Buckは「販売目的であったり商用プログラムに含めたり、その他ソフトウェアの自由利用という理念に反するような方法での使用を除き、エンドユーザーが自由に使え自由に配布できる」ようにとライセンスを定めたという。

POV-Rayの開発は、POV-Rayライセンスとともに、CompuServeオンライン・サービス・プロバイダを介した開発者グループに引き継がれた。そのときも、POV-Rayの開発者たちはGPLの存在に気づかず、したがってGPLの採用の是非も検討されることはなかった。にもかかわらず、POV-RayライセンスとGPLには類似点があるとCasonは言う。

「私たちは、これまで『変更は個人の範囲内で行うべし。配布するならソースを公開せよ』と求めてきました。どこかで聞いた覚えがあるでしょう?――GPLと同じなんですよ」

現行のPOV-Rayライセンスは使用と配布を許容しているが、大部分は最初のPOV-Rayライセンスの文言をそのまま踏襲している。Casonによれば、ライセンス情報を示しPOV-Rayが自由に利用できることを顧客に明示するなら、POV-Rayをほかの製品の一部として販売することも可能だという。

POV-Rayディストリビューション・ライセンスは、2005年2月にリリースされた3.6ではわかりやすく改訂されている。POV-Rayプロジェクトとしては、無償かつ自由に利用できるようにしたいが、コードを我が物顔で利用されたくはないのだとCasonは言う。

「バージョン3.6のライセンスでは、オープンソースをベースとするディストリビューションでPOV-Rayを活用してほしいと願っていることを明示したかったのです」

このライセンスには、POV-Rayを配布可能なLinuxディストリビューションが具体的に列挙されている。また、カーネルがOSI認定ライセンスまたはFree Software Foundationが規定するフリーソフトウェアの条件を満たすライセンスの下で提供されていれば、そのオペレーティング・システムによる配布を許容する旨の一般条項も含まれている。ただし、配布を許容する一方で、ソフトウェア自体の変更は禁止している。

ライセンスの意味を巡る論争

POV-Rayライセンスは配布を許容しているが、一部の開発者やプロジェクト管理者はPOV-Rayの配布を敬遠している。ライセンスがわかりにくく――しかもGPLではないからだという。

「既存ライセンスに反する点があるのかないのか――正直に言って私にはわかりません」とCasonは言う。「私たちのライセンスを嫌悪し罵倒する人がたくさんいますが、私にはまったく理解できません」

POV-Rayが名前を挙げて再配布を許容したディストリビューションの一つKnoppixにはPOV-Rayは含まれていない。Knoppixの作者Klaus Knopperは、自身あるいはKnoppixの派生物を作る人がこのライセンスでトラブルに巻き込まれることを懸念しているのだと説明する。

「私の理解では、現行のPOV-Rayライセンスは(OSIの)Open Source Definitionとまったく整合していません。ディストリビュータ用のPOV-Rayディストリビューション・ライセンスによって商用利用や再配布に課される制約はあまりにも多く、POV-RayをKnoppixに含めることは私にはできません。私としては、商用であろうとなかろうと、あらゆる目的で自由にKnoppixを再配布できるようにしたいからです」

十数種あるKnoppixの派生物のほとんどはKnoppixディストリビューションをベースにしているが、含まれているアプリケーションの一つひとつについてライセンスをチェックしているわけではない。したがって、それぞれの開発者は、Knoppixに含まれているものを使うのに、さらに別のライセンスあるいは許諾が必要であるかどうかなど考えないだろうという。

Knopperは仮想的な派生製品の例を引き合いに出して、POV-RayライセンスとOSI認定「オープンソース・ライセンス」との違いを説明した。ある開発者がKnoppixベースのディストリビューションを作り、レンダリングを改良したグラフィック・デザイナー向けプラットフォームと銘打って有償サポートを付けて販売したとする。これは販売目的であり、その種の配布を禁じているPOV-Rayライセンスに抵触するとKnopperは言う。

一方、Casonによれば、POV-Rayディストリビューション・ライセンスでは、配布の主要目的がPOV-Ray自体の使用にないか、そのディストリビューションがPOV-Rayを欠いても機能するなら、Knopperが例示したケースでも許容されるという。

料金を徴収していることも障害にはならないと言う。POV-Rayディストリビューション・ライセンス第4.3条は、「コピーの製造または提供において、そのディストリビューションに要した合理的な費用」程度に料金を制限しているが、Knopperが例示したケースには適用されないだろうという。Knopperの例は第2条に規定された「オープンソース・ディストリビューション」に該当し、第2条によって配布は許容されるからだ。

「Knopperはライセンスを全部読んでいないのでしょう。文脈から切り離して一部だけを取り出しても無意味です。ライセンスは全体として見なければなりません」

KnopperとCason、そしてOSI license-discussメーリング・リストのメンバーは、昨年11月中旬からしばらくの間、討論を行った、その後、Casonはlicense-discussに投稿し、POV-Rayの新しいライセンスを作る支援を求めている。

Knopperは、Knoppixを利用している開発者がPOV-Rayの使用や配布に必要な条件を満たさずライセンスに抵触すれば、Knopper自身の問題にもなると言う。「第三者のソフトウェア(が毀損しないようにするため)に従うべき追加条件があることを適切に表示しなかった」ことになるからだという。

その他の声

license-discussのメンバーでPOV-Rayの討論に参加したChuck Swigerは、次のように述べている。「OSD準拠のライセンスでも、POV-Rayのユーザーには十分だと思います。しかし、POV-RayコミュニティがOSDに完全には準拠していない条項を含むライセンスを求めるのも、わからないではありません」

ソフトウェアの商用利用を排除したいのなら、オープンソース・ライセンスではなく「ソースが利用可能な」ライセンスを適用するのもいいだろう。しかし、現行のライセンスは「かなり複雑で、もっとわかりやすいライセンスにすれば、Knoppixなどが懸念しているような問題点は解決できるでしょう」

これに対して、Knopperは次のように述べている。理想的にはPOV-Rayのライセンスを現在OSIが認定しサポートしているものに完全に切り替えるのが適切だろう。条件が明確でわかりやすく規定されているからだ。また、OSI認定ライセンスはよく知られ、オープンソース・コミュニティで広く受け入れられている。

「個人的にはGPLがいいですね。しかし、商用の利用・配布・変更を制限しないような(OSI)互換ライセンスなら、どれでも構いません。もちろん、ライセンスをオープンソースに変更できるかどうかはPOV-Rayの作者が判断することですが」

適切なライセンスを求めて

POV-Rayチームはバージョン4.0のライセンスをまったく新しくしようと考えており、さらに、今年第1四半期にリリース予定のPOV-Ray 3.7にもその新しいライセンスを適用できないかと検討している。しかし、ライセンスの変更は容易ではないとCasonは言う。

「GPLの下でリリースされたソフトウェアでも同じことです。GPLが適用されたソフトウェアをGPLの枠外に出すことはできません。同じように、POV-RayコードはPOV-Rayライセンスの枠外には出せません。関係者を一人残らず探し出さなければ不可能なのです」

Casonによれば、POV-Rayに関わった主要開発者――コードの約90%を作成――とは全員連絡が取れており、現行ライセンスを変更する必要があることを了解している。変更の障害になっているのは、残り10%に関わった人たちの中の1人だという。コードにしてわずか数行の寄与をした人のためにライセンスの変更ができないという論理には議論の余地があるが、POV-Rayプロジェクトを法廷に持ち込ませたくないとCasonは言う。

寄与者全員の許諾なしにライセンスを変更できるかどうかについては、学説が分かれているとNelsonは言い、典型的な例を2つ説明した。一つは、プロジェクトで製作された物は共同著作物であって、(個々の寄与者が製作した物の)派生物ではない。したがって、(寄与者であれば)誰でも著作物全体を任意にライセンスすることができるというもの。もう一つは、個々の寄与者が製作した部分はそれ自体で一つの著作物であり、プロジェクトの著作物全体に適用されるライセンスは個々の寄与者が製作した部分に適用されたライセンスの全体になるというものだ。

Nelsonによれば、学説の正しさを証明する唯一の方法は過去の判例または将来の裁判しかない。しかし、学説は多いが関連する判例は多くないという。

「誰だって、新しい判例を作ろうとは思いません。(POV-Rayの開発者たちは)無難な道を選ぶでしょうし、それが合理的というものです」

Casonは、問題を回避するために、バージョン3.7をリリースする前に新たなライセンスを見つけたいと言う。このバージョンには新規のコードが含まれており、新しいライセンスが準備できれば、そのライセンスの下で提供できるからだ。また、POV-Rayコードは20年も前から書き継がれたもので、整理したり書き直したりする必要のある部分があちこちにある。その部分にも新しいライセンスを適用できるだろうという。

Casonによれば、マルチプロセッサに対応するには「プログラムの作りそのもの、コードの組み立て」を作り直さなければならないという。その新しい「作り」による基盤がバージョン4.0のコアとなる。3.7が新しいライセンスでリリースされれば、4.0もその新しいライセンスでリリースできるだろう。しかし、実現できるかどうかはわからないという。

「(バージョン3.7のリリースに)間に合うだろうと楽観することはできません。可能でしょうが、今の段階で相応しいものを見つけているとは思っていません」

最後に、Casonは、どれほどオープンなライセンスを選択しようと大差はないだろうと思うと述べた。ライセンスの本当の意味ではなく、表層的な意味を問題にする人がいるからだ。CasonらPOV-Rayの開発者が次期バージョン用にOSI認定ライセンスを探しているのは、そのためだという。

「明らかに、ライセンスが本当に意味することは問題ではありません。GPLでないから駄目なのです。(POV-Rayライセンスは)そんなにひどい代物ではありませんが、そう言う人たちがいるのです」

原文