寄付による広告を用いたFOSSマーケティング

2004年12月16日、寄付金で費用を賄ったFirefoxの広告がNew York Times紙に掲載されたことは、フリーおよびオープンソースソフトウェア(FOSS)史上、画期的な出来事だった。他に類を見なかったこの広告キャンペーンは幅広い注目を集めたが、その一方でこの広告自体はFOSSが主流になることを意識し始めた徴候として捉えられた。それ以来、FOSSコミュニティとオンライン社会活動グループの双方で同様のキャンペーンが実施されてきた。すべてのFOSSプロジェクトに適したものではないが、こうしたキャンペーンは依然として重要なマーケティング・ツールになっている。ただし、この手法を利用するには、プロジェクトへの適合性の慎重な検討と並々ならぬ準備が必要であり、十分な効果が見込める場合は寄付者の貢献をそれなりの形で認めなければならない。

Defective By Design(発想からして欠陥)キャンペーンのマネージャを務めるGregory Heller氏が指摘しているように、寄付金による広告は何十年も新聞で使われてきた。一般的にそうした広告は、ある争点について反対の態度をとっている大衆または政府関係者に向けたメッセージと、寄付者の名前で構成される。インターネットが登場してからは、紙面から寄付者の名前が割愛され、広告に記されたWebページに掲載される場合もある。

冒頭で述べたFirefoxの広告キャンペーンの具体的なアイデアを出したのは、広告のエキスパートでミネソタ州出身のRob Davis氏だった。当時MozillaはFOSSの精神に忠実なマーケティングをすでに試みており、Mozilla Foundationの前プロダクトマネージャRafe Ebron氏によると、あの広告のアイデアは「こうしたオープンソースのマーケティングが本当にうまく行くかどうかを確かめる」絶好の機会だったという。2004年10月29日、このキャンペーンが告知されると、瞬く間に寄付が殺到したため、広告の掲載は当初の1面から2面へと拡大された。一部の寄付者から、名前のスペルが間違っていた、掲載日の連絡がなかったといった苦情はあったものの、Ebron氏は「我々は全面的な成功をおさめた。予想を上回る評判だった」と当時を振り返っている。また、Free Software Foundation(FSF)のディレクタでDefective By Designキャンペーンの実行委員でもあるCivicActionsのHenri Poole氏は「フリーソフトウェアでは初めてのことだった」と回想している。

同じことを繰り返しても初回ほどの目新しさや影響力は期待できないが、この手法はオンラインコミュニティの目標を宣伝するための効果的な戦術として広く知られるようになった。最近、Benjamin Horst氏がボランティアとして実施したのがOpenOffice.orgのための寄付金による広告で、この広告は7月31日のニューヨーク版Metro紙に掲載されたが、寄付者の名前は出ていない。現在、彼は米国の主要な大学の新聞におけるOpenOffice.orgの普及促進を検討中である。またPoole氏によると、Defective By Designにおいてもこれと似たアイデアがデジタル著作権管理(DRM)への反対運動に使えないかの検討を進めているという。彼は、当初のアイデアに対する面白い工夫として、CivicActionsがPublic Interest Picturesによる『Votergate』(仮題)という新しい映画の制作を支援しようとしていることを教えてくれた。50ドルを寄付すれば、映画のクレジットに名前を載せてもらえるというものだ。どちらの事例にも寄付による広告のアイデアが活かされている。

キャンペーンの計画

Poole氏によれば、こうしたキャンペーンの主催者は、広告の予算を引き上げられるかどうかの判断から始める必要があるという。「コミュニティの規模は、主催者の実行能力に大きな影響を与える」と彼は述べている。2004年の米国の予備選挙期間における、オンラインの草の根運動組織Move Onが配布するニュースレターの資金調達の例では、コミュニティのメンバー1人あたりの寄付金の額は平均20セントだったという。つまり、コミュニティの規模が数百人程度のプロジェクトでは、相当太っ腹な資金提供者を探し出すか、かなり高額な寄付金を集めない限り、大手の新聞に丸々1面の広告を載せるのは実質的に無理ということになる。

Poole氏は、具体的な目標を設定する必要があることも強調している。「何を求めているのかを知ることが非常に重要だ」(同氏)。CivicActionsとDefective By Designの仕事について、彼は次のように話している。「我々が考えるのは、このキャンペーンはどんな成果を狙っているのか、伝えようとしているキーメッセージは何か、どのようにして成功を判断するのか、という点だ」。またRoss氏はFirefoxの広告キャンペーンを例にとり、その目標として、Firefoxのリリースを祝うこと、Firefoxを普及させること、他のプロジェクトのためにFOSSマーケティングの実例を作ることの3つを掲げたと述べている。このような具体的な目標を持つことで、より綿密な計画を立てることができ、後で成功の度合いを評価することができる。

Ebron氏の場合はキャンペーンの準備が鍵になっている。「どんなマーケティング・キャンペーンでも、やるべきことはたくさんある。Firefoxの広告キャンペーンも例外ではなかった。その舞台裏では、弁護士や会計士との間で数多くの話し合いが行われ、チームが結成され、何度かレビューが繰り返された。こうした広告キャンペーンの実行が大仕事であることを人々は理解する必要がある。使える予算と時間を制限し、広告キャンペーンを計画および時間管理に従うプロジェクトとして本気で扱うことが成功につながるのだ」

おそらく3~6週間でこうした作業のすべてを完了させる必要があるだろう。そうでないとメディアはキャンペーンに対する関心を失い、寄付をした人々はもっと寄付金が必要なのかというプレッシャーを感じるだろうとPoole氏は述べている。

Horst氏は、ある時点で「オープンソースソフトウェアの広告の効果は減少する」と語っている。だが当面は、注意深くメディアを選んだ場合は特に、広告は依然として有効だというのが彼の考えである。「FirefoxやOpenOffice.orgのようなプログラムは、ほとんど誰もが使う可能性があるので、こういったタイプのプロジェクトは一般的なメディア広告に非常に適している。ターゲット層をより明確に絞り込めば、他のプロジェクトでも広告は役に立つかもしれない」

広告のメッセージを検討することも必要、とプロジェクト創設時からのFirefox開発者の1人Blake Ross氏は述べている。一般的なメディア広告について、彼は次のようなアドバイスをくれた。「見る人は何を知りたがっているのかに注意を向ける。オープンソースであることではなく、そのソフトウェアがなぜ優れているのかを伝えるのだ」

これらすべての実践的な検討は大切だが、Poole氏によれば、キャンペーンの企画者は自分たちが部分的に ― 場合によっては根本的に ― コミュニティ構築の活動に関わっていることを忘れるべきではない、という。この理由から、貢献してくれた人々の働きをどのようにして認めるかは最も重要な検討事項の1つになる。

彼は、こうした広告への寄付を「慈善活動と同じで、業を解消しようとする行為」と述べている。フリーソフトウェアのコードの一部を手がけた貢献者がその見返りに名誉を得るように、慈善活動家やキャンペーンの寄付者は、自らの寛大さが広く認められると知れば、そうした活動への関与にもっと興味を持つだろう。

Poole氏は次のように述べている。「人々がお金を出すとき、その行為は社会的ネットワークという状況の中で行われることになる。たとえ匿名で寄付が行われても、誰が寄付者なのかを知っているグループは数多く存在する」。また、フリーソフトウェアが友人や家族への紹介を通じて普及しているのと同様に、寄付による広告の評判も貢献者間の口コミによって広がっている。自分たちの寄付が認められていることを強く感じるほど、それぞれの貢献者は寄付に基づく広告の普及により深く関わるようになるだろう。この状況は一般のFOSSプロジェクトのほとんどでそれほど違わない。

結果の評価

こうしたFOSSキャンペーンの成功の度合いは、ダウンロード数だけで測られるべきではない。OpenOffice.orgのコミュニティ評議会の議長でコミュニティ管理者でもあるLouis Suárez-Potts氏によると、OpenOffice.orgの広告を出した後、ダウンロード数は「わずかに上向いた」という。だが彼は「重要なのはダウンロード数が一時的に増えることよりも、読者の心にOpenOffice.orgの名前とコンセプトを印象付けることだと思う」と述べている。

多くの場合、広告を出すことよりも、その内容とそれによって人々がコミュニティに関わる機会を提供することのほうが重要である。Firefoxの広告キャンペーンについてRoss氏は「一般的に考えられているのとは反対に、広告そのものには掲載の前後に巻き起こる評判ほどの効果がないことがわかった」と語っている。

Horst氏もまた、彼が手がけたOpenOffice.orgの広告で同様の結果に気付いたという。「話し合いを始めるために最初のデザインを仕上げるたときには、まったく、かつてないくらい意見がやりとりされた。次にプロのデザイナによる案が出てきたときには、不満がほとんどなくて拍子抜けしてしまった」。当時のことを彼は「プロのデザインから始めなくて良かった。さもなければ、まったく注目されなかっただろう」と話している。

結果を判断する最善の方法は、前もって評価の基準を作っておくことだ、とPoole氏は述べている。たとえば、広告のねらいがプロジェクトのコミュニティに新しいメンバーを呼び寄せることだとすると、コミュニティのメールフォーラムの新規ユーザ数の推移を確認すればよい。同様に、世間への周知が目標なら、広告を出してから数週間のうちにブログやメディアの記事からプロジェクトのWebサイトに張られたリンク数を監視すればよいだろう。

最初のFirefox広告キャンペーンでは目標の1つとして、当時広く信じられていた「すべてのマーケティング活動が悪いわけではないことを他のオープンソースプロジェクトに対して実証してみせる」ことだったとRoss氏は話している。Firefoxの広告手法の改良に幅広い関心が寄せられていることから判断すると、あのキャンペーンはFirefoxプロジェクトの景気付けと宣伝だけでなく、この目標においても成功をおさめたようだ。おそらく、各プロジェクトは組織を拡大しないとFirefoxの事例をまねることはできないだろう。だが、それが可能なプロジェクトでは、最も効果的なマーケティング手法の1つとして、引き続き寄付による広告を利用することができる。

Bruce Byfield氏はセミナーのデザイナ兼インストラクタで、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリストでもある。

NewsForge.com 原文