英国のISPがOSS発展のために資金援助を実施

2003年、Jason Clifford氏は英国のハードフォードシャーでUK Free Software Network(UKFSN)というインターネットサービスプロバイダ(ISP)を立ち上げた。UKFSNが他のISPと違うのは、その利益をFOSS(Free and Open Source Software)プロジェクトに携わる学生に寄付している点だ。

Clifford氏が英国のフリーソフトウェア・コミュニティで活動するようになってからほぼ10年が経つ。1999年以降、彼はDefinite Linuxというディストリビューションのリリースとメンテナンスを行ってきた。「1999年に私に起こった変化は、ISPの運営がいかに簡単であり、あまり苦労せずに大金を稼げる可能性が十分にある点に気付いたことだった」とClifford氏は語る。

最初に立ち上げたISPの経営権を投資家に奪われた後、2003年に彼が設立したのがUKFSNである。だがUKFSNは、彼が期待したほどの利益を上げられなかった。その理由をClifford氏は次のように説明する。「UKFSNの設立とほぼ同じ頃、ブロードバンド・サービスの導入によって英国の市場は大きく変化した。ブロードバンド・サービスの提供には非常に多額の費用がかかるため、UKFSNの事業収支が合うまでには想定したよりもずいぶん長い時間が必要だった。事実、UKFSNが損益分岐点に到達したのはつい最近のことだ。これまでUKFSNから私の給料は出なかったのだが、UKFSNで儲かるかどうかを判断できるまではそうせざるを得なかった」

利益の還元

自身がFOSSコミュニティの恩恵を受けてきたことから、Clifford氏はそれ相応の形でコミュニティに恩返しすることを望んでいた。「私にはそれほどコーディングの才能がないので、何か別の方法がないかと探した」。UKFSNの立ち上げに際し、Clifford氏は資金援助を広めるために英国のAssociation for Free Software(AFFS)と提携関係を結んでいた。「早いうちに適切な理解を得ておくことが重要だった。というのも、その方法を尋ねる声に答えられない状態で、フリーソフトウェアに対して資金援助を実施を行うと言っても、あまり意味がないからだ」

AFFSの助成金制度はそれほど注目を集めていなかったが、その点についてClifford氏はあまり心配していなかった。というのも、UKFSNはまだ利益を上げていなかったからだ。「いったんUKFSNに売り上げが出始めると、私はその続伸を信じて再び利益還元の問題について考えるようになった。昨年の夏の後半以降には、もっと積極的な役割を果たしてもよいのではないかと思い始めた」

この件についてAFFSやUKFSNのメンバーと議論した後、Clifford氏は10月になって利益還元制度の細部に取りかかった。その資金を最大限に活かすために、彼は学生に分け与えることを決めた。Richard Stallman氏やLinus Torvalds氏に始まりKDEやGNOMEなど各プロジェクトの開発者に至るまでの著名なFOSS貢献者の多くは、学生の頃に活動を始めていることに気付いたからだ。「学生、特に大学教育を受けている人々は、自然とこの類の活動に関心を持つようだ」とClifford氏は言う。

対象を学生に決めたもう1つの理由は、彼らに対して教育課程の修了を奨励するためだった。「最近、英国において高等教育への資金援助の方法が変わったことで、今の世代の学生たちは教育課程の途中でも多額の借金を抱えるようになっている。このため、なかには大学への進学をためらう人々が出始めているのだ」。すでにFOSSコミュニティに携わる学生への資金援助は、こうした2つの問題にすぐに対処できる優れた方法だ、とClifford氏は考えている。

この資金援助制度は、1人の学生を対象に今年から開始される。「援助の総額(年間4,680ポンド、米ドルで9,000ドル)は大きくないが、学生1人分の生活費をまかなう、あるいは大学の授業料1年分を支払うには十分であり、そのうえ相当な額が手元に残るだろう」。Clifford氏が期待するのは、この制度で支援を受ける学生が、授業料や生活費を捻出するためにファーストフード店やバーで働かなくてもよくなり、むしろ勉学に集中するとともにFOSSプロジェクトに貢献できるようになることだ。この援助金はちょっとした給料に似た形で毎月支払われ、その年額は最低課税額をわずかに下回る程度になる。

援助の獲得

Clifford氏は今回の資金援助制度を公表するにあたり、いくつかの困難に直面した。詳細の詰めが終わり、この制度の宣伝を開始したのは11月で、クリスマスまでには対象者を選定しようというねらいがあった。「この制度についてのありふれたプレスリリースを英国の3つのLinux雑誌に提出し、関連するいくつかのメーリングリストには話を広めてくれるように依頼するメールを送った。おそらく、その原稿が各誌の締切日に間に合わなかったか、編集者が興味を持たなかったのだろうが、その反応は芳しくなかった」

約2週間前、Clifford氏は少数の応募者のなかからAndrew Price氏をこの制度の最初の受給者として選んだ。Price氏はサウスウェールズにあるスワンシー大学(Swansea University)の理学系コンピュータ・サイエンスの2年生で、英国のUbuntuコミュニティの活動メンバーであり、バックアップ・ユーティリティpyBackPackのメンテナでもある。

Price氏は「入学以来ずっと大学のコンピュータ・クラブに所属していて、その会計係や部長も経験しました」と語る。彼はそこでFOSSについて学んだのだ。彼がUbuntuへの貢献を果たしたのは、バグ報告の提出が最初だった。その後すぐに、他の人々から報告されたバグの優先順位の決定に関わり始める。やがて.debパッッケージの扱い方を習得した彼は、Ubuntu Masters of the Universeチームによるパッケージのマージ、アップデート、修正の手助けをすることに関心を持つようになった。「昨年夏の終わりにはUbuntuのメンバーとして認められ、そのことに私は大喜びしました。だいたい同じ時期にpyBackPackというプロジェクトの運営を引き継ぎました。友人がGoogle Summer of Code 2005を機に始めたものですが、そのときはメンテナンスが停まっていたのです」

Price氏がClifford氏の資金援助制度のことを知ったのは、コンピュータ・クラブにいたある気の利くメンバーがClifford氏の発表をlinux-jobsメーリングリストで読み、クラブのフォーラムにその内容を投稿してくれたおかげだった。その後すぐにPrice氏は応募書類を郵送した。

「受給者として認めてもらえたことで、それほどやり甲斐の感じられないアルバイトをする代わりに、空き時間はフリーソフトウェアに取り組むことができます。「それに、オープンソースに貢献しようというモチベーションが高まって以前より力が入るようになりました」とPrice氏は言う。FOSSコミュニティの一翼を担うというのは、とても素晴しい経験だ。受給の対象になるのはコーディングだけではない。テストや翻訳、意匠デザイン、ドキュメント整備、マーケティングなど、ソフトウェア開発の他の面に興味がある学生も、ぜひ挑戦してみるべきである。

「自分が貢献できるのはこれまでに学んだ経験の部分だと思います。私は優れたプログラマではありませんし、コミュニティにいる一部の熟練メンバーほど仕事が早いわけでもありません。ですが、多くのことを学びつつあり、絶えず成長しているので、時間が経つにつれて私の貢献は質的にも量的にも大きくなっていくはずです」(Price氏)

収益性の確保

Clifford氏もPrice氏もそれぞれに将来の展望を持っている。Price氏は、pyBackPackのハッキングはもちろんだが、Clifford氏の制度が受給資格の対象活動をコーディングに限定していないことからUbuntuへの貢献も予定している。Price氏は次のように語る。「この制度のおかげで私は前よりも野心的になりました。私が実現させたいと思っているアイデアは、新しい形のToDoリスト・プログラムに関するものです。大学の活動のことになると私はかなりいい加減なので適当なToDoリスト・プログラムを探していたのですが、私の要求に応えてくれるものは1つもありません。そこで自分で作ろうと計画しているのです」

この制度による支援金が間違った形で使われないようにするのは、特に具体的な成果物が明示されていない状況では、難しいことかもしれない。だがClifford氏は、フリーソフトウェアのプロジェクトですでに活躍している人物を選ぶことで、その働きぶりはきわめて容易に確認できる、と信じている。「この点については、むしろ英国の各フリーソフトウェア・コミュニティのほうが何らかの形でチェックを行うだろう」

君を監視するような真似はしない、というClifford氏の言葉をPrice氏はありがたく受け止めている。また、UKFSNが援助の対象とするのはすでに自由な時間でFOSSに貢献している学生なので、受給金の悪用という問題が生じることはないはずだ、とPrice氏は信じている。「私たちにはやるべきことがたくさんあり過ぎて、この制度を悪用しようなどとはとても考えません。それに、受給資格に見合うだけの働きができなければ、私はコミュニティから見放されてしまうでしょう」

一方のClifford氏は立場上、より多くの学生に対して資金援助を行えるようにUKFSNの収益を確保しなければならない。「支援金は利益分からしか拠出されないので、事業で成功しなければこの制度は立ち行かなくなる。私は、収益のすべてを手が回らないネットワークの構築にあてる代わりに、英国のISP業界の適切な2社との提携を行っているので、利用者の要求に応え続けるための投資コストについて心配する必要がない。これは、質の高いサービスの提供に多大なコストがかかる英国のブロードバンドの場合は特に重要な点だ。その結果、UKFSNの諸経費は低く抑えられるとともに予想可能でもあり、収益も急増している」

UKFSNは、この制度の下で援助する学生の数を今後数年間で徐々に増やしていけるだろう、とClifford氏は見込んでいる。「まずは今年9月にその数を3名に、その後の3年間で20名にまで増やす予定だ。この間、支給額もある程度は増えるだろう」

しかし結局、すべては学生たちの熱意にかかっている。「FOSSに夢中になっている人にとって、UKFSNの資金援助制度のようなプログラムは、自分の好きなことをしながら大学を卒業できる素晴しい機会を提供してくれます。FOSSコミュニティが提供する多くの機会を活用するよう、学生仲間たちにもアドバイスしたいと思います。お金が得られるものばかりではないでしょうが、そうした機会が豊富にあることは間違いありません」(Price氏)

NewsForge.com 原文