議論を呼ぶIndy 500初「TeamLinux」スポンサーのレーシングカー

 Tux500プロジェクトの構想は、一見したところ特に変わったところはないようにも思われる。2人の熱心なLinuxファンが自分たちの大好きなオペレーティングシステムを宣伝するクールな方法を探していて、やがてLinuxの広告を付けたレーシングカーを今年のIndy 500カーレースに参加させるということに決め、必要となる資金を集め始めることにした。

 Tux500プロジェクトの運営者の一人であるKen “helios” Starks氏は、カーレースで宣伝をするのはオープンソースを世に知らしめるための良い方法だと言う。Tux500は、ドメイン名を取得し、ウェブサイトを立ち上げ、Diggへリンクを投稿するといった、オープンソースコミュニティの典型的なやり方である草の根的なやり方をしている。しかしTux500の運営者である、Starks氏とITコンサルタントでもあるBob Moore氏の2人は、コミュニティの度肝を抜くもう一つのことを行なった。すなわちPayPalアカウントを開設し、Linuxファンに25万ドル以上の寄付を求めたのだ。

 これが度を超していると感じる人のために言っておくと、Ken Starks氏がこのようにとんでもなく大きな夢を持つのははじめてのことではない。Starks氏のブログを読んでいると、プロプライエタリなソフトウェアに魂を売るという罪悪について語る、日曜日の教会の激しい説教を聞いているような気分になってくる。それが無駄骨になるかもしれないなどという心配はStarks氏の中には存在しない。そしてたとえそのような心配が心に浮かんだとしても、だからと言ってそれによってStarks氏が思い止まることになることも決してないだろう。

 2006年、Starks氏はLinux4Austinという、Linuxの普及を目的としたスケールの大きいキャンペーンの先頭に立っていた。Linux4Austinの構想は、PCLinuxOSを無料でダウンロードする方法を説明するコマーシャルをカーラジオの聴取率が高い通勤時間帯にAMラジオで流すために1万ドルの資金を集めるというものだった。Starks氏がこの構想を発表したときのLinuxコミュニティの反応には賛否両論があったものの、とにかく大反響があった。Starks氏はインタビューを行なったりプレスリリースを流したりするなどの活動をしていたが、Linux4Austinプロジェクトはやがて不活発になり、計画を話し合うためにStarks氏が立ち上げたフォーラムさえも現在ではアーカイブから削除されている。

 Starks氏によると「うまく軌道にのせることができなかった。Steeprock Media社がすぐにアナウンサーを用意してくれて、コマーシャルの試作も編集もやってくれると言ってくれていたんだけど。だから僕は今でも時々自分のブログにSteeprock Media社のバナーを載せて感謝の気持ちを表わしている」とのことだ。Starks氏によるとLinux4Austinに対して集まった寄付総額は100ドルにも満たず、Linux4Austinウェブサイトの運営資金に当てられたという。

 Steeprock Media社の創設者であるGreg Wilder氏は、Linux4AustinプロジェクトのためにナレーションとBGMを寄付するつもりだったと言う。「Ken(Starks氏)は私たちに連絡を取りLinux4Austinのことを話してくれました。私たちもGNU/Linuxユーザだったので私たちはちょうど良いチームとなることができたのです。そしてコマーシャルを実際に製作して流すことができそうだったのですが、あることがあってプロジェクトをなかなか前に進めることができなくなりました」。

 Starks氏によると、その「あること」というのは同氏が肺がんと診断されたことだという。しかも状況は非常に悪かったためStarks氏はもう助かることはないと思い、ブログを続けることができないことを告げ、住む場所を確保するための寄付を求める記事を投稿した。現在のところ、同氏のがんは鎮静状態にあるとのことだが、Starks氏はこのことをくよくよと考えることは好まず「これまでにすでにがんの闘病にはあまりに多くのエネルギーを費やしてしまったのだから、もうこれ以上自ら進んで(そのことばかり考えてしまって)無駄にエネルギーを使いたくはない」と言う。

 健康上の問題がやや軽減されたため、Starks氏は新たな使命とともにLinux普及活動の道に再び戻ってきた。Starks氏は「Linux4Austinプロジェクトは、僕らが『LIFE』と名付けたプロジェクトのほんの一部分に過ぎない。LIFEというのは『Linux Is For Everyone』の略。LIFEというのは単に、Linuxの普及活動をずっと続けていくことができるように、みんなから支持/賛同/寄付を集めるというプロジェクトなんだ」と言う。

 おそらくではあるが、Starks氏のプロジェクトがいつも議論の的になってきたのは、Starks氏が大きな夢を持つことを恐れないため、あるいはStarks氏がこれまでにも複数の資金集めを行なった経験があるためなのであろう。しかし議論の的になってしまうからと言って、Starks氏がLinuxを普及させるという使命をあきらめることはなかった。「僕は、たちの悪い病気にもくじげずに踏ん張ってきた。そしてその間ずっと僕は、強さ、ひたむきさ、そして少しの洞察力と想像力という健全な性質を、最高のバランスで持ち合わせた人物が現れるのを待っていたんだ」。

 そして今Starks氏は、そのような特別な性質をすべて兼ね備えた人物を見つけたと考えている。それがMoore氏だ。「Bob(Moore氏)は僕に連絡をしてきて『あなたは私を知らないと思いますが、私はあなたのやってきたことを知っています。話をしませんか』と言った」。Moore氏はとんでもないアイデアを持っていた。それがすなわち、40日以内に今年のIndy 500カーレースに出場するレーシングカーのスポンサーになるための資金を集めるというものだった。

 Moore氏は「私は以前からIndyカーレースのファンでした。そして1996年以来のLinuxユーザでもあります」と言う。インディアナ州ではほとんどの人がカーレースのファンであるため、Linuxの普及のためにレーシングカーのスポンサーになるということもMoore氏にとってはごく自然なアイデアだった。「世間一般の人々に対してLinuxを宣伝する必要性を訴えた、Ken Starks氏による記事をたまたま読んだのです。記事に大変感銘を受けた結果、私にとっては自然な成り行きとして、レーシングカーのスポンサーというアイデアと結び付いたのです」と言う。

 一方Starks氏は「とっぴなアイデアだと思った」と言う。「2日ほど返事をしなかった。だけど少しだけ調べてみた。すると、僕自身Indy 500レース会場のすぐ近くで育ったこともあって、だんだん『これはすごいことになる』と思い始めたんだ」。そして実際、このような大規模のプロジェクトは「大きな夢」と呼ぶにふさわしく、Starks氏にうってつけのものだった。

 Moore氏によると「何日か経って、Starks氏が電話をくれたのです。そして『クールなアイデアじゃないか』と言ってくれました」とのことだ。

 Indy 500に出場するレーシングカーのスポンサーになるためには多額の資金が必要となるということは、Starks氏もMoore氏も重々承知の上だ。そのため両氏は、出場チーム名に「Team Linux」を入れたり側面やボンネットなど車体の主な場所に広告を入れたりすることが35万ドル以上の価値があることだということをLinuxコミュニティに説明してわかってもらおうと思っている。とは言えStarks氏の考えでは金額自体は大した問題ではない。Starks氏は「Linuxコミュニティの1%が1.34ドルずつを寄付してくれれば達成できる目標額だと考えた」と言う。Starks氏にとってチャレンジングであるのは金額ではなく、同氏が「Linuxのハードコアユーザ」と呼ぶ人たち以外の、より広い範囲のユーザを巻き込むということだ。Starks氏によると「ハードコアユーザ以外の人たちを巻き込むのには非常に苦労している。それに、企業は関心を持っていないようだ。このプロジェクトをやると決めたその日のうちにRed HatやXandorsなどのLinuxビジネスの大手に声をかけたが、まったく返事はなかった」と言う。

 Starks氏はまた、同氏をもっとも声高に非難する一人である、「Penguin Pete」としても知られるPete Trbovich氏から長い反論を受けた。フリーランスの記者でグラフィックデザインのアーティストでもあるTrbovich氏は、UbuntuはLinux初心者には向かないディストリビューションだやLinuxはWindowsの代替物ではないなどといった意見を述べ、コミュニティの中でも物議をかもす立場を取ることで知られているが、そのTrbovich氏がTux500は「詐欺的」計画だとした。その理由は、たとえスポンサーになることができるだけの資金をコミュニティから調達することに成功したとしても、チームのドライバー(Stephan Gregoire氏)がレースに出場できるかどうかの保証がないためだという。Trbovich氏は4月18日の投稿で次のように述べている。「確かに優勝までしなくても、車の側面に描かれたロゴがいくらかはテレビ画面に映るだろう。しかし私が言いたいのは、そもそもレースに出場するためにはレースの出場権を獲得する必要があるということだ。レースに出場できるかどうかは、本選のレースの前に何周か走ったタイムで決まる。こんなにリスクの高い計画で、保証はどこにもない。大金がかかっているというのに。そもそもレースに出られなくなった場合には、どう落とし前をつけてくれるというのだろうか。予選に出場しただけで終わり、計画の半分以下の時間しか宣伝できなかった場合、ドライバーに35万ドルの価値があるというのだろうか」。

 Starks氏は、同氏と意見を異にする人々のことについて話したくはないようだ。「この計画に不満がある人もいるだろう。やれやれだ。詐欺だのペテンだのと非難された。ひどい話だ。僕は意見が違う人がいても気にしない」。

 何か悪巧みを企んでいると誤解されるのを避けるためStarks氏は、LinuxToday.com編集長のBrian Proffitt氏とLXer.com編集長のDon Parris氏の両氏に、資金の流れの監督役を務めてもらうことにした。Parris氏は「Starks氏はプロジェクトに直接的に関わっていない人物が好ましいと考えていました。また私は叙任された牧師であり、警備の仕事にも携わっており、編集長も務めており、信頼の必要な3つの仕事に関わっています。Tux500プロジェクトチームにとってはそのような信頼が大切だったのです」と言う。

 Parris氏は、Tux500が詐欺だというTrbovich氏の主張を裏付けるような「重大な証拠」は見あたらないという。Parris氏によると「私はPaypalアカウントの数字を見ているので、その数字とウェブサイト上に記載されている数字とがきっちり合致することを確認することができます。Ken(Starks氏)ともBob(Moore氏)ともTedとも、プロジェクト全般にわたって連絡を取り合っています。Tux500プロジェクトのメンバーは私から見ると、みな非常に率直で隠し事がないように思えます。Tux500プロジェクトは、少なくともChastain Motorsports社の車の車体にLinuxのステッカーを貼ることはできます。またTux500プロジェクトは、惨憺たる結果に終わったとしても、その後の進むべき道を見つけるためにコミュニティに必ず戻ってくるはずです。Tux500プロジェクトには信頼できる計画があることを私は確信しています」とのことだ。

 Chastain Motorsports社はすでに、Linuxのステッカーを車体に貼っている。これには本来2万5000ドル相当の支払いが必要だ。Starks氏によると「2万5000ドル相当のスポンサーになれるように交渉した」のだという。ただし同氏は交渉の内容については明らかにしなかった。Moore氏は2万5000ドルの目標に到達できなくても今貼られているステッカーが車体から剥されることはないはずだとするが、しかし仮に剥されることになった場合には、Starks氏とともに「Paypal経由で全員に返金する」予定だとしている。

 5月2日現在、調達した資金は1万ドル強だ。Starks氏は「2万5000ドルの達成が簡単ではないことは間違いないと思う。でもLinux関連以外の一般メディアで取り上げてもらって、みんなが話題にするようになれば、達成できる可能性も……。一般メディアで取り上げてもらわないと、Linuxユーザであっても必ずしもLinuxニュースをまめにチェックしている人ばかりだとは限らないから、Tux500のことがまだ知られていないだけで、まだ寄付をしてくれるユーザはいると思う。ハードコアユーザはほんの少数だが、普通のLinuxユーザはたくさん、それこそ何百万人もいるから」と言う。

 Tux500プロジェクトは、IndyCarスポンサーシップの締切期日である5月21日まで寄付を受け付けている。なおMoore氏がちょうどプロジェクトの宣伝ビデオを撮影し終わったとのことだ。

 Tux500は、Linuxコミュニティ以外でも少なくとも一人の人間の関心は引き付けたようであり、Vista500という競合プロジェクトが立ち上げられている。身元を明かさないという条件で取材に応じてもらうことができた。「Vista500プロジェクトをやることでどんな反感を買うことになるのかはまだ分からない。実際のところ、このプロジェクトを立ち上げることができたということだけでもまったく驚きに値する。たまたまTux500のウェブページを見て、『(Linuxの人たちと違って自分たちのように)お金を払ってオペレーティングシステムを買っている人たちが、誰もこういうことをやろうとしないのはなぜなんだ?』と思った。Vistaとそれ以外のOSがレースをするなんて出来すぎた話で面白いと僕には思えた」。何名かの有名な人を集めることはできたが、Microsoft関係者からの反応は大きくはないと言う。「明らかに無関心であることが分かる。これには僕も結構びっくりした」。

 Starks氏はこの競合プロジェクトを脅威には感じていない。「Tux500に活を入れてくれたのかもしれない。そうする必要もあったのかも。むしろありがたいことだと思っている」。

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