Ubuntu Live:キーワードは「コミュニティ」

 オレゴン州ポートランド――記念すべき第1回Ubuntu Liveコンファレンスがポートランドのオレゴン・コンベンション・センターでOSCON(O’Reilly Open Source Convention)と同時開催された。Ubuntu Liveでは、あらゆる人の需要を満たすであろう非常に多くの基調講演、セッション、チュートリアルが、日曜日からの3日間の日程内にぎっしりと詰め込まれていた。

 私は最初に、UbuntuセキュリティエンジニアのKees Cook氏による日曜日のセッションに出席した。Cook氏はUbuntuのセキュリティ告知の(すべてではなくとも)ほとんどを発行している人だ。セッションは約30分と短く、しかも質疑応答のための時間もその中に含めることになっていたため、講演者は非常に多くの情報を短時間の間に伝えなければならなかったのだが、Cook氏はそれを見事にやってのけた。詳細な議論や深い議論を行なう時間の余裕はなかったものの、Cook氏は、開発版を動かしてUbuntuのテスト作業に参加する方法の概略について、面白おかしい話も時折混ぜながら優れた講演を行なった。

 Cook氏は、ユーザがテスト版を試してみることのできる様々な方法について紹介し、例えばVMwareの中で開発版のライブCDを動かしたり、VMwareを使わずに開発版のライブCDを動かしたりする方法を挙げた。また、運用中のシステムをアップデートする方法や、開発版のパッケージが何かを壊してしまった場合に修正する方法などについても簡単に説明した。

 Cook氏のセッションは全体的に優れたセッションだったが、やや急ぎ気味だった。――しかしこれはどうやらUbuntu Live全体の方針だったようだ。他のほとんどのセッションも興味深いものだったが、講演者はすべてのことを急いで紹介しなければならず、詳細を取り上げる余裕はほとんどなかった。

基調講演

 一人の講演者がより長い時間を話す通常の基調講演とは異なり、Ubuntu Liveの基調講演は、それぞれ3人の講演者からなる基調講演であり、各講演者は質疑応答も含めて約20分間の短い講演を行なった。日曜の正午に行なわれた基調講演では、Eben Moglen氏Mitch Kapor氏Jim Zemlin氏の3人が講演した。

 Moglen氏は、同氏の次に話せと言われるのは誰にとってもただただ酷ではないかと感じてしまうような素晴らしい講演者だ。Moglen氏は冒頭で、「SFLC(Software Freedom Law Center)はUbuntuなしではとても機能しない」と述べた。そしてその後、GPLv3の意味について話し始めた。Moglen氏はGPLv3の策定プロセスは集団で討議することによって公的な方針を作成することが可能であることの証明だとした。またGPLv3は、「われわれのやり方が気に入らないのであれば去れ」という考え方でユーザからの入力なく作成したライセンスを使用してソフトウェアを提供している企業に(ユーザを策定プロセスから除外した方が良いという)「言い訳の余地はない」ことも示していると述べた。

 Moglen氏はまた、Microsoftの特許契約とGPLv3についてもかなりの時間を割いて話し、MicrosoftはGPLv3の前に恐れをなして「尻尾を巻いて逃げた」と述べた。いつものようにMoglen氏の講演は興味深く楽しめるものだったが、講演時間が短すぎたと感じた。

 OSAF(Open Source Applications Foundation)代表であり、Lotus 1-2-3の設計者として有名なKapor氏は、講演の中で面白い例え話をした。Kapor氏は最近のハリー・ポッターの完結編である第7巻の出版についての熱狂的な騒ぎを引き合いに出し、オープンソース運動がハリー・ポッターシリーズだとすれば、現在「3巻めか4巻めあたりだろう」と述べた。

 Kapor氏は、今では主流の考え方であるオープンソースがまだ「影響力のない考え方」だったのは一世代も前のことではなく、つい最近のことだと指摘した。またオープンソース運動の最初の頃、ルック&フィール関連の訴訟が原因で同氏がRichard M. Stallman氏に目を付けられていたことを回想して、「今では当時の自分が明らかに間違った側にいたことが分かる」と認めた。その後Kapor氏は、ソフトウェア特許が望ましくない理由についての論文をRMSと共同執筆したという。ソフトウェア業界の大物が、ソフトウェア特許という大きなトピックに関して考え方を実際に変えた話を聞くのは面白かった。Kapor氏の講演も興味深かったのに講演時間が短くて残念だった。

 最後に、Linux Foundationのディレクタを務めるZemlin氏がLinuxの「次のステージ」についての講演を行なった。Zemlin氏は、Macくんとパソコンくんが出てくる広告のパロディを(かなり頻繁に)用いて講演を補足していた。Zemlin氏は、コンファレンスに出席したい開発者に対する旅費の支援や、Linux Standard Baseなど、Linux Foundationが行なっている取り組みをいくつか簡単に紹介した。

 月曜日の基調講演の講演者は、Ubuntu CTOのMatt Zimmerman氏、Canonicalのビジネス担当ディレクタChris Kenyon氏、MySQL ABのCEO Mårten Mickos氏、IntelのDoug Fisher氏、AlfrescoのMatt Asay氏、Tim O’Reilly氏の6人だった。

 Zimmerman氏は講演の中で、Ubuntuのロードマップに関する詳細のいくつかと、Ubuntu 7.10(Gutsy Gibbon)リリースに含まれる予定の内容と、次期LTS(Long Term Support)のリリース期日を発表した。Zimmerman氏によるとGutsyリリースは、3D効果、ノートPCの電力管理、マルチモニタ設定が始めから利用可能になっている最初のリリースになるとのことだ。

 初のLTSリリースだった6.06(Dapper Drake)は昨年リリースされたものであり、Ubuntuの次のLTSリリースはいつリリースされるのか(あるいはそもそもリリースされるのかどうか)については、多くの人の気になるところだった。Zimmerman氏によると、2008年最初のリリースであるUbuntu 8.04がLTSリリースになり、デスクトップは2011年まで、サーバは2013年までサポートされるとのことだ。

 Zimmerman氏はさらに、サーバに関してはGutsyリリースにはウェブベースの管理ツールや、AppArmourによるセキュリティ保護が含まれるはずだと述べた。

 Asay氏の講演は「オープンソースの十戒」についてだった。Asay氏は最初に、ベンダーやプロプライエタリソフトウェアの唱道者たちがフリーソフトウェアの唱道者たちをフリーソフトウェアに対して「宗教的」になっているとしてこきおろすとき、彼らが言っていることは実は、ソフトウェアの背後にある理想に対して「熱情的になり過ぎてビジネスのことを忘れるな」ということなのだと指摘した。Asay氏は、お金を儲ける必要のある他のFOSSカンパニーのすべてと同様にUbuntuも、コミュニティに対する奉仕をしっかりと行なうのと同時に、利益の追求も行なうべきだと述べた。そのどちらが欠けてもベンダーやプロジェクトは成功しないだろうとのことだ。

 次にMickos氏の講演では、MySQLのユーザがどれくらいいるのかを把握するために聴衆に対して挙手を求めることから始まった。次にMickos氏は「MySQLを使わない人」がどれほどいるのかを尋ねた。すると数人の手が挙がったので、それに対してMickos氏は「あなた方にもいずれ高速なデータベースが必要になるときが来るだろう」と答えた。

 Mickos氏はまた、インターネットとオープンソースとが、他のどのような商用企業にも真似のできないような生産力を生み出したという事実に触れた。同氏の予測によると、オンラインに約3,000万人もの開発者がいる可能性があるという。そしてこのことは「たとえ何人の開発者を雇おうとも、その10倍の数の開発者たちが企業の外にいる」ということを意味するのだという。

 Mickos氏はまた、開発者がオンラインにいつでもどこからでもアクセスできるようになったことによって同氏の講演を聞かない場合の聴衆の行動も変化していると指摘した。「あなた方は皆、今オンラインになっている。ブログを書いたり、メモを取ったりしていて、私の話をほとんど聞いていない……。数年前には、このような場合、私の話を聞くか、寝るかしか選択肢がなかった」。当然ながらこの話のポイントは、ほとんどの聴衆が、基調講演の途中でも仕事をしたり遊んだりすることができる、無線接続したコンピュータを座席に持ち込んでいたということだ。

 Mickos氏によると、FOSS製品で商業的に成功するためには、企業は2つのグループに対して奉仕する必要があるという。つまり、お金を節約するために時間を使う人たちのグループと、時間を節約するためにお金を使う人たちのグループだ。どちらかの方向だけに突っ走る企業は、結果的に十分な顧客やユーザを得ることができないだろうとのことだ。

プロセッサの将来

 基調講演の数が多いとは言え、Ubuntu Liveの目玉は基調講演だけではない。Ubuntu Liveの日程には、幅広いトピックについての講演も大量に用意されていた。

 中でも興味深かった講演の一つに、「マルチコアでの並列性の探求」という講演があった。この講演ではIntelのJames Reinders氏が、マルチコアプロセッサがプログラミングに与える影響と、数ヶ月ごとにクロックスピードを加速させようとするのではなくマルチコアプロセッサに集中する必要がある理由とについて話した。Reinders氏によると、Mooreの法則はまだ有効であるものの、クロックスピードをつり上げていけば良いという「甘い時代は終わった」のだという。その理由には、電力の壁、メモリの壁、ILP(Instruction Level Parallelism)の壁という3つの壁が影響しているとのことだ。

 電力の壁というのはおそらく言わずと知れたものであり、プロセッサを高速化しようと電力消費を増やしても、それによって得ることのできる性能向上が小さいため、消費電力を増やすことに見合う価値がないというところまで到達してしまったということだ。2つめの壁であるメモリの壁というのは、CPUが高速になっているのにも関わらずメモリの速度がそれに追い付いていないので、システムのメモリが追い付けずにCPUが待ち状態になってしまうということだ。ILPの壁というのは、現在の世代のプロセッサ上では単一スレッドのコードの性能の改善が止まったままだということだ。Reinders氏によると、その代わりに、「並列に考える」、つまりコードが複数のCPUに対してどのようにスケールするかをプログラマが考え始める必要が出てくるだろうという。

Reinders氏はまた、CPUの各コアは同一でなくなるだろうとも述べた。現在では、デュアルコアやクアッドコアには同一のコアが複数含まれている。しかしReinders氏によると今後は、一部のコアがより小さくて異なる機能のために使用される可能性があるような、マルチコアCPUが登場するという。さらに、NUMA(Non-Uniform Memory Access)のような均一なメモリアクセスをしないメモリアーキテクチャを使用するデスクトップシステムが登場する可能性もあるのだという。Reinders氏によると、Intelはまだ不均一なコアについての設計を正式には発表していないが、「発表しないとしたらおかしな話だ」とのことだ。

 Reinders氏は、プログラミング言語やプログラムの構造を、そのような新しいCPUに合わせて変化させなければならなくなるだろうと述べた。そして新たな言語を作成するか、または現在使用されている言語を拡張する必要があるだろうとのことだ。Reinders氏は、テンプレートとジェネリックプログラミングを用いてC++を拡張することを提案した。また、それらがどのようなものになるのかをいくつかの例を示しながら簡単に話した。

 セッションの後、Reinders氏は聴衆から質問を受け付けた。私は、非均一なコアを持つマルチコアCPUに最適化したコードを生成することができるようにGCC(GNU Compiler Collection)を改良すべくIntelがGCCプロジェクトを支援する計画があるのかどうかということと、シングルコアCPUからマルチコアCPUへの過渡期の間はどのような対処法があるのかということを尋ねてみた。Reinders氏は、GCCについての質問に対しては言葉を濁した。IntelはこれまでにもGCCにコードを寄与してきたし、今後も寄与し続ける予定とのことだが、Reinders氏によると、IntelのマルチコアCPU用の最適化はおそらくGCCの改良よりも先にIntelのプロプライエタリなコンパイラの中に登場するだろうということのようだった。またシングルコア/マルチコアの過渡期については、Reinders氏は明確な答えを持ち合わせていなかったものの、「今のように両方のタイプのCPU用のコードを用意しようとするほど骨が折れることにはならないだろう」とした。未来は明るいようだが、未来に行き着くまでの道程はやや険しいようだ。

UbuntuをノートPCで走らせる

 火曜日には、Canonical社員ではないUbuntu開発者の一人であるMatthew Garrett氏による、UbuntuのノートPCのサポートについての講演があった。Garrett氏は主に、ノートPCのサポートが標準的なPCのサポートよりも困難である理由について話した。多くの主要なコンポーネントが多かれ少なかれ標準的ではないのだが、ワイヤレスチップセット、特殊ファンクションキー、音声コーデック、回転する画面、レジューム/サスペンド、ハードディスク保護などの特に非標準的である傾向が高い部分を挙げて、開発者たちはこのような部分すべてにきりきり舞いさせられていると説明した。

 FOSS開発者がノートPCのサポートを提供するには非常に労力が必要だ。そしてGarrett氏はその例として、現在ではほとんどのノートPCベンダが採用しているハードディスク保護機能について話した。Garrett氏によると、市場に出回っている製品の各ベンダはすべて、ハードディスク保護をそれぞれ違った形で実装しているのだという。つまり開発者たちは、例えばSATAチップセットなどの「標準的」なハードウェアについては行なうことができるように、単一の仕様をサポートすれば済むのではなく、ベンダごとに使用している手法を把握しなければならないということを意味するとのことだ。

 質疑応答の時間に、Ubuntuの次期リリースではApple MacBookやMacBook ProといったノートPCに対するサポートが向上するかどうかを尋ねてみた。Garrett氏は開口一番に、ユーザはAppleのノートPCをできれば避けたほうが良いと答えたものの、Gutsyではそのようなシステムのサポートは向上するはずであり、ユーザの調整がなくてもそのようなシステムをサポートするためには、後「2、3個の」バグが残っているだけだと述べた。

チュートリアル

 火曜日のUbuntu Liveは、半日かけてのチュートリアルがいくつか行なわれた。私は『 Bash Cookbook 』 の共著者であるCarl Albing氏とJP Vossen氏によるBashとDashのチュートリアルを傍聴した。参加者は、自分で調べることもできただろうと思われるような基本的なbash機能のいくつかを議論するのに多くの時間を費やしていたが、Albing氏が述べていたように、ユーザにとってはそのような基本的な機能についてbashの文書を徹底的に調べるというのは少し困難なのかもしれない。チュートリアルの進むペースがもっと速くても良かったような気がしたが、聴衆は楽しんでいた。このチュートリアルはある意味、普通のチュートリアルと言うよりはBoFセッションのように感じたが、必ずしも悪いことではない。

コミュニティということ

 Ubuntu Liveの開催中に何度も持ち上がったテーマは、「コミュニティ」だった。Asay氏やMickos氏やその他の基調講演者たちは、Ubuntuの活動にとってコミュニティが重要であることを繰り返し力説していた。そこで私は火曜日にいくつかのコミュニティについてのセッションに参加してみた。

 最初に、Ubuntuのコミュニティ・マネージャであるJono Bacon氏によるセッションに参加した。Bacon氏はいつも人を引き付ける講演をすることのできる講演者であり、月曜日の講演も例外ではなかった。とは言え今回は、以前に聞いたことのある彼の講演ほど面白おかしくばかげたものではなかった。Bacon氏はコミュニティの重要性について話し、「コミュニティは、われわれが行なうすべてのことの基礎となっている」と述べた。また、同氏の目標は「Ubuntuを、フリーソフトウェアコミュニティをうまく育てればどういうものになるのかの例にする」こととのことだ。

 Bacon氏は、Ubuntuのガバナンスの構造や、Ubuntuの活動を支えるコミュニティ・チーム、また同氏がコミュニティ・マネージャとして直面した課題のいくつかなどについて話した。Bacon氏によると最も難しいのは開発者間の衝突だという。同氏はUbuntuコミュニティは衝突が少ない方だと表現したが、それでも数件の開発者間の衝突を扱う必要があったという。とは言え、一つのケースを除いて開発者たちには「分別があった」のだそうだ。しかし一方でBacon氏は、FOSSプロジェクトにおける開発者間での衝突の対処についてや、扱いの難しいコミュニティのメンバーの取り扱いについての具体的な方法については言及しなかった。しかしそれはそれだけで一つのトピックになり得るものだろう。

 またBelinda Lopez氏による「女性用Ubuntuプロジェクトが必要な理由」という講演にも出席してみた。Lopez氏によると女性用Ubuntuプロジェクトは、プロジェクトのメンバーを分離することが目的なのではなく、短い講義や一般的なサポートを提供したり、メンバー獲得のための宣伝を行なったりして、Ubuntuに興味を持った女性をガイドすることなのだという。Lopez氏はまた、女性用Ubuntuプロジェクトは女性がUbuntuに興味を持って関わっていくのを手助けする、「インキュベータ」のようなものと考えるべきだとも述べた。

 全体的に見ても、「コミュニティ」が今回のコンファレンス全体のキーワードであったようだった。私が出席したどの講演やセッションでも、Ubuntuにとってコミュニティが重要であるという点が少なくとも一度は触れられていたと思う。

まとめ

 Ubuntu Liveコンファレンスは今回が初の試みだったが、成功だったと思う。確かに改善の余地はいくらかあった――運営者は、コンファレンスの対象がユーザなのか開発者なのかビジネスパートナーなのかを決定する必要があるだろう。またセッションの時間を30分よりも長くする必要があるだろう。しかしUbuntu Liveは興味深いコンファレンスであり、時間をかけて参加した価値はあった。私が話した他の出席者たちもコンファレンスが気に入ったようであり、次回のUbuntu Live 2008を楽しみにしているようだった。

Linux.com 原文