GPLv3の採用を順調と見る専門家たち

 正式リリースから4か月が経過したGNU一般公衆利用許諾契約書バージョン3(GPLv3:General Public License version 3)の受け入れ状況はどうなっているのだろうか。9月25日に公開されたEvans Data社の調査を信じるなら、芳しくはないようだ。しかし、ライセンシングの問題に深い関心を持つフリーソフトウェア財団(FSF:Free Software Foundation)とPalamida(フリーおよびオープンソースソフトウェア[FOSS]をめぐる問題で顧客にアドバイスを行う組織)にいる関係者は、別の見方をしている。

 こうしたFOSSの専門家によれば、GPLv3の採用は予想どおりに進んでいて、慎重を期すべき理由はあるが今後数年間でGPLv2はGPLv3に置き換わるだろうという。また、Evans Data社の調査についても、記載されている情報は複雑な状況を一般化しすぎている、と指摘する。

 Evans Data社は380名の開発者を対象とした調査から、FOSSに携わる開発者の“わずか”6%しかGPLv3を採用していないと結論付けている。もっと深刻なのは、調査対象者の3分の2が今後1年間GPLv3を採用する予定がなく、43%はずっと切り替えるつもりがない、と記していることだ。同社は「GPLv3を導入したプロジェクトにはあまり参加したくないという人の数は、参加したいという人の2倍にのぼる」とも述べている。ただし、こちらの調査結果についての詳しい数値は記されていない (報告書の完全版をは有料サービスの顧客のみ参照可能)。この発表が暗に主張しているのは、GPLv3は失敗だったということのようだ。

 しかし、FOSSに関わる人々からすれば、この主張は早計なものに見える。Palamidaのマーケティング担当バイスプレジデントTheresa Bui氏とFSFの常任理事Peter Brown氏がそろって認めているのは、多くのアナリストやコミュニティメンバーはGPLv3への移行の速度について非現実的な想定をしている、という点だ。

 GPLv3リリースの翌日のことをBui氏は次のように語る。「なかには6月29日になれば堰を切ったようにGPLv3の採用が相次ぐだろう、と本気で思っていた人もいます。しかし、そういう人はソフトウェアがどのように開発されるかをよく知らないのです。回帰テストの実行やソフトウェアのまったく新しいバージョンの切り出しというのは、大半のソフトウェアプロジェクトにとってあまり優先順位の高い項目ではありません」。多くのFOSSプロジェクトはソフトウェアの次回のリリースでしかGPLv3への切り替えを行わないでしょう、と彼女は説明する。

 同じくBrown氏も、この状況ですべてのFOSS開発者を一緒くたにして語ることにはほとんど意味がない、と指摘する。「この手の調査が妥当といえるのは、現在GPLv2をサポートしている人々を対象にした場合だけだ」。いずれにせよ、GPLv2が非常に普及度の高いFOSSライセンスの1つであることは確かだが(よく参照されるデータによれば、全FOSSプロジェクトの4分の3を占めるという)、それでもApacheライセンスやBSDライセンスなど、その他のライセンスを使っているプロジェクトがかなり存在する。そもそもそうしたプロジェクトの人々に、GPLv3を採用するかと尋ねることがナンセンスというわけだ。

 「大半のプロジェクトはまだGPLv3を検討対象から外してしまったわけではないことがわかるだろう。単純に、移行すべき理由について検討する機会がないだけだ。だからといって、ライセンスそのものを失敗だと非難するのはおかしい」(Brown氏)

 さらに、Evans Data社の調査結果は、PalamidaによるGPLv3への移行に関する独自の記録と矛盾しているように見える。Evans Dataの記事が書かれた時点で、Palamidaの記録には836のプロジェクトがGPLv3に移行済み、これとは別に82のプロジェクトがLGPLv3(劣等一般公衆利用許諾契約書バージョン3)に移行済みと記されている。これらの数値は、徐々にではあるが移行が着実に進んでいることを示している。

 またPalamidaは、5,738のプロジェクトがGPLv2以降のライセンス下にあるとしている。GPLv2以降のライセンスでは、頒布者にはライセンスの選択権が与えられている。これらのプロジェクトはGPLv3をサポートしないかもしれないが、すでにGPLv2のライセンス条項によってGPLv3を使った頒布が認められているため、移行に対するインセンティブがないのも事実だ。

 実際のところ、4か月という期間は、GPLv3が行き詰まっていることを示すにはあまりに短い。少なくとも、どんな比較を行おうとも何ら結論を導き出せないことは確かだ。「これがFirefoxか何かの新規リリースの話であれば、過去の傾向に基づいて判断を行うこともできる。たとえば、最新のリリース版が前回のものと同じくらい普及しているかどうか、確認できるだろう」(Brown氏)

 この点に関して厄介なのは、GPLの改訂は1991年にも行われたが、当時は(現在と違って)FOSSはまだ主流ではなく、コミュニティはもっと小規模でまとまっていたことにある。

 「フリーソフトウェアのコミュニティで今回のようなことが起こるのは初めてだ。以前Apacheがライセンスをアップグレードしたことはあったが、これほど影響力のあるものではなかった」と語るのはFSFのコンプライアンス・エンジニアBrett Smith氏である。彼は、プロジェクトや企業に対してライセンシングに関するアドバイスを日常的に行っている。「スケールがあまりに違いすぎて比較のしようがない。個人的には今回の件について何の予想もしていなかった。まったく前例のない出来事だからだ。とはいえ、きっとうまく行くはずだと何となく感じてはいる」(Smith氏)

 Bui氏の見方はもっと慎重なものだが、概ねSmith氏のものと一致している。「GPLv3の採用は、ソフトウェア開発が通常進められる速度に従って増えつつあります」

懸念と遅れ

 FOSSの専門家たちは、成り行きを見守る態度を取りながらも、GPLv3の採用に遅れが生じるかもしれないとの具体的な問題にも目を向けている。昨年の春以来、PalamidaはGPLv3における以下の3件についてヒアリングを行ってきた。ロックダウンテクノロジに関する条項の文言、全利用者を対象とした特許保護の新たな提供、そして昨年11月にMicrosoftがNovellと結んだような再配布協定を防ぐための条項の3つに関してである。

 Evans Dataの社長兼CEOを務めるJohn Andrews氏は、これらの追加事項が問題になっているのは単純に「このライセンスの下で実装されたプログラムに対して行えることに制約」が課されるからだ、と指摘する。しかし、FOSSの専門家たちの考えは違う。結局のところ、これとほぼ同じことはGPLv2にも、また事実上どんなライセンスにもいえるからだ。

 むしろ、問題の一部はこうした条項が今までになかった新しいものであることにあるため(だからこそGPLv3がリリースされたわけだが)、最近FSFは人々に対してGPLv3の啓蒙活動を行うことに力を入れている。そのために、Smith氏はすでに一度GPLv3の問題に関するIRCディスカッションを開いており、今後も実施を予定しているという。また彼は、コミュニティのプロジェクトや企業の双方を対象にした電話会議やセミナーも検討している。

 Bui氏によると、GPLv3の登場はFOSSの事業的な側面における危機の拡大とも関係があるという。すべてフリーソフトウェアを採用するというやり方は「ソフトウェア入手の古い伝統的な方法よりも優れています」と彼女は言う。つまり、プロプライエタリ・ソフトウェアがとってきた法的責任やセキュリティをきびしく追求するという方針を取らなくても、FOSSは大げさな宣伝もなくビジネスの領域に入り込んでいるのだ。その理由は、無料で使えること、そして職場が以前より分散しつつあることの双方にある。しかし、彼女は近年の企業について次のように話す。「(企業は)組織のネットワークの内部やファイアウォールの向こう側に存在する文書化されていないコードの量を理解し始めています。彼らはこのことで非常に神経質になっています。このような状況では、それがGPLv3でなくても、何らかの新しいライセンスの採用が以前よりも非常に慎重に行われることになります」(Bui氏)

 そのうえ、FOSSコミュニティも企業もGPLv3の策定に伴って18か月も議論が行われたことに困惑している可能性もある。コミュニティは企業ほど移行に対する制約がないという一般的な傾向を別にすれば、GPLv3の利用を検討する総合的な意欲という点でこれら2つのグループに大きな違いがあると見るFOSSの専門家はひとりもいない。

 SambaプロジェクトのJeremy Allison氏は、同プロジェクトが早々にGPLv3を採用したことについて「Samba開発チームのメンバーはGPLv3の策定に参加していたので、結果的にうまく導入できたことに大変満足している」と説明する。しかし、Sambaとこれとよく似た因果関係が働いた例は探すのは難しい。

 やはり、GPLv3の草稿作成とそれをめぐる議論は、コミュニティにも企業にも、FOSSに関与する組織間の分裂を確かに意識させたようだ。そうした議論は、今日フリーソフトウェアに携わる人々が政治的および思想的な観念主義者から、主な関心が明らかに資本家的なものである人々にまで及んでいることを示している、とBui氏は述べる。

 Bui、Brownの両氏は、とりわけLinus Torvalds氏がLinuxカーネルをGPLv2の下に据え置くとの決断をおおっぴらに自己弁護していることに言及している。「LinusはGPLv3反対派の、Richard(Stallman氏)はGPLv3推進派のそれぞれ代弁者になっています。当然、人々は彼らの意見に影響を受けます。これら2つの意見がまさに対極をなしているからです。それでいて、この2名の人物とコミュニティ、そして彼らのコードはオープンソースおよびLinuxプラットフォームの最も純粋なエッセンスでもあります」

 ライセンスに関する意見の対立でプロジェクトが分裂する可能性もあるので、多くのFOSSユーザは慎重を期しているようだ。だからといって、不安が解消されたり、乱暴な言葉の応酬になりがちなこうした意見の食い違いが緩和されたりするわけではない、とBui氏は率直に述べている。ただし、ソフトウェア開発に携わる人々は、議論の表向きの激しさはかなり割り引いて捉えるべきことを知っているので、FOSSをただ利用するだけの人々ほどには議論の文言に影響されないだろう、とも彼女は付け加えている。コミュニティのメンバーであれば大げさな言い回しの多くは話半分で聞いておけばよいことを経験的に知っているだろうが、外部の人々にとってはこうした言葉のやりとりによって意見の相違が実際以上に深刻に見える可能性があるのだ。

 FOSS貢献者の中には、ライセンスの詳細をまだ吟味中であるということを主な理由に、GPLv3を採用していない人々もわずかにいる。FSFのGNUプロジェクトにおいてさえ、一部のチームがGPLv3に移行していないが、これは彼らの求める例外条項がライセンス内に存在するかどうかに関して文言の解釈を今なお続けているためである。たとえば、GCC(GNU Compiler Collection)では、コンパイル済みプログラムにGCCが残すコードによってそのプログラムを使用するすべてのプログラムがGPLv3の対象になることのないように、同ライセンスに対する例外条項が必要になる、とSmith氏は指摘する。

 ただし、こうした懸念がまったくなくても、GPLv3の採用がただちに行われることは決してなかっただろう、とBrown氏は述べる。起こり得る問題はすべてプロジェクト別に議論する必要がある。また、ライセンスの所有者だからといって、FSFにその採用を要求する権利はない。「我々は、ほかの人々によるライセンシングの主導権を握っているわけではない。我々の役割はGPLv3の採用を無理強いすることではなく、推奨することである。そのための唯一の手段は個々のプロジェクトに語りかけることだが、それには時間がかかる」(Brown氏)

成功の見込みと途中経過の観測

 こうした問題をすべて承知しながらも、Bui氏は、おそらく「1年ないし1年半後」にはGPLv3がGPLv2に取って代わるはず、と述べる。Bui氏にとって、GPLv3の成功の鍵は、無数のディストリビューションやその他ソフトウェアに含まれているコアのGNUユーティリティ群にあるという。「私の予測では、GNUプロジェクトのような随所で活用されていて商標化されていないコアのプロジェクトがこれまでどおりに採用されて再利用され続けるなら、それらが組み込まれる非常に多くのオープンソースプロジェクトもまたGPLv3になるという単純な理由から、GPLv3は最も有力なライセンスになるはずです。ええ、きっとそうなります」(Bui氏)。こうした流れは、GNUのものと同等のユーティリティ群が別のライセンスの下で開発されることがない限り、妨げられることはないだろう。

 同様に、Brown氏もGPLv3の採用についてこう語っている。「(GPLv3の採用は)何年かかけて進むものだ。こうした検討には結論が出るまでに時間がかかるし、人々がライセンスの変更によって何が起こるかを理解するのにも時間がかかる」。Brown氏にとって真の問題は、今後フリーソフトウェアがどんな状況に直面するかである。「我々が守ろうとしている自由が脅かされていないと感じるような環境 ― つまりフリーソフトウェアにとって比較的安全な環境 ― にいる以上は、人々が慌ててGPLv3に移行することはないだろう。しかし、いずれは各プロジェクトがGPLv3、自分たちのいる環境、そしてGPLv3が自分たちのためになる点について検討するときが間違いなくやってくる」(Brown氏)

 結局、FSFにとってGPLv3の成功を測る基準は、どれだけ広い範囲で利用されているかではなく、GPLv3によってソフトウェアの自由を守ることができるかどうかなのだ。「成功とは何だろうか。私が思うに、成功の意味について都合のよい目標値を定めることは重要ではない。我々にとって大事なのは、適当な数字を都合よく解釈することではなく、GPLv3の目的の重要性をどれだけ人々にわかってもらえるかという点だからだ。GPLがもたらす自由の価値がわからなければ、GPL採用の問題に自由が絡んでくることはない。単なる技術的検討の問題に終わってしまう」(Brown氏)

Bruce Byfieldは、Linux.comとIT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリスト。

Linux.com 原文