オンラインの「表現の自由」を守るChilling Effectsサイト

Chilling Effectsは、米国におけるオンラインの表現の自由に関するリソースサイトだ。現在Brooklyn Law Schoolの客員助教授を務めているWendy Seltzer氏によって設立されたこのサイトは、Electronic Frontier Foundationのほか、Harvard、Stanford、Boaltなど6校以上の法科大学院の支援を受けている。このサイトは、オンラインの自由な言論を抑圧する試みの証拠と、こうした企てに直面した人々のための一般的な法的助言を提供するために存在する。5年間の運営を経て、Chilling Effectsは、このテーマに関わる主要なWebリソースの1つになっている。

サイトの名前は、米国の法律用語に由来している。「Chilling Effects(萎縮効果)とは、米国憲法修正第1条の教義を指しています」とSeltzer氏は説明する。この条項では、法の審理にあたって法廷は「明確に禁じられている言論だけでなく、人々が法を背くことを恐れていることから沈黙させられる言論」に目を向ける必要がある、と述べているという。拡大解釈すれば、自由な言論を抑圧するために法的措置の脅威を利用することも萎縮効果といえる。

萎縮効果として、サイト所有者に脅しをかけてコンテンツの削除に追い込むための削除通知がますます利用されつつあることに気付いたSeltzer氏は、このChilling Effectsサイトを開設した。多くの場合、こうした要求の正当性は疑わしい、と彼女は考えている。「大企業の弁護士は、第一の手段としてこの萎縮効果を利用していました」と彼女は語り、「脅迫文書を送るのは非常に簡単です。それだけで問題が片づく場合が非常に多いため、訴訟の費用や厄介な人物に対する次の措置を懸念する必要さえありません」とも述べている。Seltzer氏はそのような文書を「ナスティグラム(nastygrams)」と呼んでいる。

しばしばこうした文書に効果があるのは、世間の人々に法律の知識がなく、表現の自由に関する難解な法律を知らないからである。「当然のことですが、複雑な著作権の詳細や公正使用についての知識は、一般の人々にはありません。また、企業への批判に際してどんな場合に商標を用いてよいのか、どんな発言が偽りのない声明や記録に対する名誉棄損にあたるのかもわからないのです」とSeltzer氏は語っている。「そのため、Chilling Effectsの最大の目的は、第三者から違法行為だと主張されたときに反論できるだけの自分たちの権利に関する知識を持ってもらえるように、多くの情報をわかりやすい言葉で伝えることにあります。また、単にわかりやすいだけの内容ではなく、多くの実例も添えて法律家以外の人でも理解できるように解説しています」

このサイトで最大のリソースは、実際に通知を受け取った人々の協力によって集まった削除通知のデータベースだ。これらの通知のそれぞれには、注釈と共に、関連する項目に対する同サイトのFAQを参照するリンクが用意されている。最近の通知は目立つようにサイトのフロントページに並べられ、それ以前のものについてはサイト内検索が行える。関連する話題の最新情報や他サイトのリソースも、このサイトから参照できる。

Chilling Effectsサイトにおいてデータベースの次に重要なリソースは、表現の自由に関係する一般的な話題を扱った一連の法律入門であろう。こうした初心者向けコンテンツの多くは、このサイトとの関わりを持つ法科大学院の教授によって執筆されている。そこに並んだ見出しを見るだけでも、教養のある自由擁護論者なら身震いするだろう。デジタルミレニアム著作権法(DMCA)や特許、匿名の権利など予想された話題のほか、抗議やパロディ、批判、それにファンフィクション(スタートレックやハリー・ポッターなど公開済作品の登場人物や背景設定を使用した同人作品。未成年の作が多い)といった項目も含まれている。ハリー・ポッターの映画を違法に配信していると誤認したWarner Brothersが子供の読書感想文のファイルに対してとったひどい措置のような、取り違えが頻繁に発生していることはもちろん、そうした合法的または害の無いコンテンツが削除要求の対象になっているという事実からも、このサイトの必要性が十分に納得できる。Seltzer氏はそうした過剰な反応に滑稽さを感じながらも、このような状況がますます一般的になってきているとも考えている。

Seltzer氏によると、萎縮効果の利用が明らかに増加している理由として、米国の法律では、オンラインコンテンツの著作権など、少数の点で法律の適用が不明確な場合がある点を挙げている。「オンライン上の活動はすべてコピーできます。そのため、著作権侵害の可能性が高くなるのです」と彼女は話している。

しかし、Seltzer氏が大きな理由と考えているのは、オンライン文書がとても参照しやすくなった点である。たとえば、あるサイトに特定の企業に対する批判を書き込むと、「検索エンジンがそれを発見し、その企業の名前で毎日検索をしている人がそのページを参照することになるでしょう。街のスーパーマーケットの駐車場でチラシを配布するよりもずっと早く情報が伝わるのです」とSeltzer氏は説明する。Chilling Effectsサイトが存在するのは、削除通知に対抗するのに必要な情報、あるいは、どんな場合に引き下がるべきかを理解するための情報を普通の人々に提供するためである。

Chilling Effectsを活用した法律教育

Chilling Effectsは、世間の人々に法律の知識を提供するだけでなく、サイトを支援する法科大学院での教材としても活用されている。教室では、このサイトが判例情報のリポジトリとしても役立つのだ。「Brooklyn Law Schoolでプライバシーに関する今期の講義を担当しましたが、このサイトを数回使いました」とSeltzer氏は話している。「著名人の目撃や撮影の話題を好んで取り上げるWebサイトに対して著名人が送りつけた多数の脅迫文書を私たちは入手しました。プライバシーの講義では、こうした実例を用いて、実際にプライバシーの保護に関わるものはどれか、報道にふさわしいエピソードはどれか、著名人側にプライバシーの主張や話し合い中断の権利がない例はどれか、を学生たちに考えさせました」

同様に、教授の監督の下で、送られてきた文書に注釈を付すことで、学生に法務の実践的な経験を与えてもいる。その例として、Seltzer氏は、メーリングリストのアーカイブに偽物のRolexを宣伝するスパムメッセージが含まれているという理由で、アーカイブ所有者がRolexの商標権を侵害しているという申し立てを取り上げた。この申立書に注釈を付し、リソースへのリンクをたどった学生は、商標法では虚偽の鑑定または暗黙の認定に対する保護を規定しているが、このスパムに騙される可能性は非常に低いという理由で、申し立てが認められそうにないことを学ぶことができる。

「学生たちは、こうした注釈を付すことで法律や実際に出回る文書について学んでいくのです」とSeltzer氏は説明する。たとえ、企業のクライアントのために同様の論争を処理するように求められても、「大げさに訴訟を持ち出す思慮のない文書に即座に対応するよりも、こういったことの本質や問題にさまざまな方法で対応する」ことを彼女は学生に望んでいる。

また、具体的な事例についてサイト利用者の手助けをする学生もいる。ただし、サイト自体を保護するために、このサイトが助言を行うことはなく、ただ一般的な情報を提供するだけだとSeltzer氏は強調している。

Chilling Effectsの影響

このサイトの成功について尋ねられて、Seltzer氏はかすかに満足したようだ。表現の自由に関する記事に何度も取り上げられ、法律事務所のニュースレターや、弁護士とクライアントとの書簡にも名前が載るようになっている。もっと重要なのは、このサイトに関わっている弁護士が、ファイル共有ソフトKazaaのあるユーザのことでRIAA(全米レコード協会)がVerizon Communicationsに対して起こした訴訟のような注目度の高い事件に携わっている一方で、Chilling Effectsの提供する情報が、法律評論誌の記事や訴訟の要約書に引用されていることだ。

Seltzer氏によると、削除通知を減らす手段として、Chilling Effectsへの公開をほのめかす法律事務所もあるという。「それなりの効果はあると思います」と彼女は静かに語った。

Seltzer氏が特に喜んでいるのは、Googleがこのサイトを活用していることだ。「入手が最も容易な書類カテゴリの1つが、検索エンジンに送られてくる削除通知です」と彼女は言い、「Googleは、検索エンジン内のリンクが著作権を侵害していること、より正確には、著作権侵害サイトにリンクしたコンテンツがあることに対して多数の申し立てを受けています」と説明する。DMCAは、責任を逃れるためにリンクの削除を呼びかけているが、Googleは、それに協力しながらも、利用者に何が起こっているのかを知らせる独自の方法をとっている。

リンクを削除すると、該当する削除要求の書類をChilling Effectsに送信し、リンクが削除されたというメッセージを検索結果の一番下に表示するというのがGoogleの方針だ。「kazaalite」で検索をかけると、この方針が実行された例を確認できる。「このやり方は非常に有用だと思います」とSeltzer氏は話している。「Googleにとっては、法律上表示できない情報が多数あることを伝えるための方法ですが、少なくともこのサイトでは、要求によってコンテンツを削除させられた、という法的申し立てになるのです」

Chilling Effectsが持つこうした効果にもかかわらず、Seltzer氏はこのサイトの総体的な効果の判断が難しいことに困っている様子だ。「私たちには、世界全体で削除通知がどれくらいあるのか、増えているのか減っているのか、その数にChilling Effectsが影響を与えているのかどうか、を知る方法がまったくありません」と彼女は語る。「受け取った削除通知をもっと多くの人々に送ってもらいたいのです。特に、もっと多くのISPや規模の大きなWebサイトがそうした証拠を私たちに提供してくれると、どんな通知が誰に、どんな理由で送られているのかを広い範囲でとらえることができます」

同時にSeltzer氏は、「ただ多くの人々にとってわかりやすく、法律の理解に役に立っている」ことが、Chilling Effectsの成功だと信じている。

Bruce Byfield氏はセミナーのデザイナ兼インストラクタで、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリストでもある。

NewsForge.com 原文