開発者は譲渡した知的財産権を取り戻せるか

 Gentoo Linuxの生みの親であるDaniel Robbins氏は2004年、Gentooプロジェクトの知的財産(IP:Intellectual Property)を扱う非営利のGentoo Foundationを設立した後、プロジェクトを去った。先月、Robbins氏はブログの投稿で、Gentoo Foundationは問題にうまく対処していないように見えるので、Gentooをこの手に取り戻すべきではないだろうか、という気持ちを綴った。その考えを実行に移しこそしなかったが、彼は興味深い疑問を提起してくれた。いったん譲渡した知的財産権を再取得することは可能なのだろうか。

 この件についてブログに記した直後に、Robbins氏はこの問題を深夜の戯言に過ぎないとして切り上げ、Gentoo Foundationに与えたものを取り戻したいとの考えを否定した。Gentoo Foundation側もまた、Robbins氏をかつて彼が居座って決して退くことのなかった会長という地位に戻すための措置をすばやく講じることで、後々までしこりを残しそうなこの問題を鎮めるのに一役買った。基本的には、これでこの話は終わったはずだった。

 しかし、問題はすぐに納まったとはいえ、次のような疑問がまだ残っている。Robbins氏が本当にそれを望んだとしたら、Gentoo Foundationによる対処の善し悪しにかかわらず、彼は譲渡した知的財産権を取り戻すことができたのだろうか。

知的財産とフリーソフトウェア

 Software Freedom Law Center(SFLC)の弁護士Richard E. Fontana氏に、フリーソフトウェア業界の知的財産に関する3つの質問を投げかけた。いずれも、アプリケーションのコードを書いてGPLの下で配布したものの、私が今になってIPを他者に譲渡したくなった、という状況を想定したものだ。

Joe Barr(以下、JB): 私のIPの所有権をほかの人に譲渡するにはどうしたらよいですか。

Richard E. Fontana氏(以下、REF): 知的財産は、ほかのどんな財産とも同じように、所有物だ。所有権をほかの誰かに渡すことができる。著作権(それに特許や商標)については、他人へのすべての権利の完全な受け渡しを「譲渡(assignment)」という。一般に、所有権はある形態の財産に付随するあらゆる権利を行使できることを意味するので、著作権の所有権を渡す場合はそれらを譲渡することになる (すべての権利ではなくその一部をほかの誰かに渡す場合は「ライセンス(使用許諾)」)。著作権の譲渡は、何らかの対価と引き換えに行うこともできるし、贈与として行うこともできる。少なくとも米国では、譲渡は著作権を譲る側の署名の入った書面の形で行わなければならない。

JB: フリーソフトウェアプロジェクトには、著作権以外にどんな種類のIPが存在しますか。

REF: あなたの言う「存在」の意味にもよるが、特許権と商標権がフリーソフトウェアプロジェクトと関連があるのは間違いないだろう。

 プロジェクトに関連した財団や管理組織は、プロジェクトに関する商標権(または特定の名称を使用するための類似の権利)を保有できる。たとえば、Apache Software FoundationのFAQにある記述を見ると、そこに記されている商標にプロジェクト名とプロジェクトのロゴが含まれているのがわかる。また、個人の貢献者も関連する商標を保有できる(Linus Torvalds氏はLinuxの商標を所有している)。

 プロジェクト(より正確に言うと、財団、管理組織、またはプロジェクトに密接に関連するその他の組織)は、いかなる特許の所有や出願も行わない可能性が非常に高い。この意味では、特許権がプロジェクト内に著作権や商標権と同じ形で「存在」することはない、と言える。企業に属さずにプロジェクトに貢献している人の場合も、その貢献内容に関連する特許を保有していることはほとんどない (これには、ソフトウェア特許への思想的な反対、特許の出願料と登録維持費の負担の重さ、オープンで協調的な開発の成果に基づいて特許を取得することの極度の難しさなど、さまざまな理由がある)。しかし、特許を保有する企業がフリーソフトウェアプロジェクトに貢献することはよくある。場合によっては、そうした企業が実際に筆頭の著作権所有者や貢献者になることもある。貢献活動を行ったり、その成果であるソフトウェアを最終的に他者にライセンスしたりする際の条項では、特許を保有する貢献者がそのソフトウェアの使用者に対して特定の特許をライセンス供与することが明示的に求められる。この範囲において、プロジェクトの参加者とユーザは、プロジェクトへの関与の結果として被許諾者(ライセンシー)となって特許権を行使できると言え、また特許を保有する貢献者は、プロジェクトにおいて特許に基づく所有者の利害を有すると言える。

 (補足すると、一部の法律制度で認められている肖像権と不当表示防止の権利がIPの形態と見なされる場合があるが、IPの中核を担っているのはあくまでも特許、著作権、商標である)。フリーソフトウェアプロジェクトに適用されるライセンスには、多くの場合、こうした類の権利に関してプロジェクトとその貢献者を保護するための条項が含まれている。また、フリーソフトウェアプロジェクトには、存在し得ない形態のIPが1つある。それがトレードシークレット(営業秘密)の権利だ。なぜなら、他者と共有されるソースコードにトレードシークレットが含まれることはあり得ないからである)

JB: IPの受け渡しが一切行われないまま、私がバスに轢かれて命を落とした場合、IPはどうなりますか。

REF: あなたの著作権は、その他の所有物と同様、あなたの法的財産の一部にあたる。正当な遺言を残していれば、その遺言によって誰が著作権の所有権を相続するかが決まるはずだ。遺言を残さずに亡くなった場合は、法律(米国では州ごとに存在する「無遺言相続法(intestacy law)」)によって誰が著作権を受け取るかが決まる。

結論

 Robbins氏のケースについて、Gentoo Foundationの理事Chris Gianelloni氏は次のように反す。「Daniel(Robbins氏)はGentooのロゴと商標の使用権を無期限で保有しているとはいえ、Gentooの名称、商標、関連するドメイン、ロゴ、画像、Gentoo Technologies, Inc.(GTI)から提供されたハードウェアの所有権はすべてGentoo Foundationに委譲した。これには、portageやそのツリー内のebuildsなど、GTIが所有していたすべてのコードのあらゆる著作権が含まれている」

 Fontana氏の回答によれば、Gentoo Foundationによる知的財産権の扱いにどれほど不満を感じても、Robbins氏は知的財産の所有権を合法的には再取得できないことになる。3年前にGoodwillに寄贈したコンピュータを取り返す権利が私にないのと同じだ。

 耳寄りな話として今回私が学んだのは、フリーソフトウェアやオープンソースのプロジェクトとしての条件を整えるにあたってはSoftware Freedom Conservancyから無償の法的支援が受けられる、ということだった。なお、Software Freedom Conservancy(SFC)は、SFLCによって設立されたものだが別団体として区別されている。こうした支援により、ほかのプロジェクトで今回と似たような疑問が生じてその答えを早急に出すためにプロジェクトの活動が停止してしまうといった事態を回避できるかもしれない。SFCは、会員であるプロジェクトを対象に無償で会計上の資産と知的財産の双方の保有と管理を行ってくれる。そのため、開発者は税金や法的責任、今回のような法律上の疑問に煩わされることなく、存分にコードに集中することができる。

Linux.com 原文