大規模なコラボレーション活動を成功に導く5つの原則――パート2

 Linuxの商業的な成功については、そのサポートコミュニティが既成概念にとらわれない方式でアイデアの創造、共有、試験、廃棄、開発を進めていく方法を自発的に体系化できたためと言っても過言ではないだろう。こうしたLinuxを取り巻く活動には、We-Thinkプロジェクトを成功に導く5つの原則を見て取ることができる。Linuxはそのすべてを備えている。前回はコアと貢献翻訳記事)について解説した。今回は結合について解説する。

本稿は最近出版された『 We-Think: The Power of Mass Creativity 』からの抜粋である。

 1904年に開催されたセントルイス万国博覧会でのこと、アイスクリームスタンドでカップが不足したとき、隣のワッフルスタンドのオーナーがワッフルを円錐形に巻いてコーンを作り間に合わせたという。アイスクリームにしろワッフルにしろ別段新しいものではない。しかし、それらを組み合わせたとき、まったく新しいもの(ワッフルコーンに盛ったアイスクリーム)が生まれたのである。一般に、コミュニティに存在するイノベーションは、新たな組み合わせを作り出す能力が高いほど多い。そうした組み合わせが可能な町は創造的なのである。これと同じことがWe-Thinkプロジェクトにも言える。

 多様性が高くさまざまなアイデアが空中を漂っていたとしても、それらが出会い他家受粉しない限りほとんど何も生み出すことはない。多様ではあっても分断されているコミュニティは創造的にはなりえないのである。創造的であるためには、さまざまなアイデアを持つ人々が出会いコミュニケートできなければならない。それが正しい形で実現されたとき、その成果は突然現れ急速に発展する。たとえば、James WatsonとFrancis Crickの2人がDNAの2重らせん構造を解明できたのは、彼らの研究領域がまったく異なっており、そこから生ずる異なる発想を結合することができたからなのだ。Crickは物理学・生物学・化学畑を歩んできた。一方、Watsonは動物学を学んだが、ウィルスを研究したことから関心はDNAに移っていた。こうした異分野にいた2人の発想が、ライバルたちには不可能だった絶え間ない丁々発止の対話を通して結合した。かくして、WatsonとCrickの共同研究は1+1が12になったのである。

 一般に、グループが大きく多様であるほど組み合わせの効果も大きい。たとえば、5人から成るグループがあり、それぞれが異なるスキルを持っているとしよう。この場合、2種類のスキルの組み合わせは10通りある。ここに、5人とは異なるスキルを持った6人目の人物が加わると、組み合わせは12通りではなく、5つ増えて15通りになる。また、自由に使えるツールが20種類あるとき、2つのツールの組み合わせは190通りあるが、3つなら1000を超える組み合わせが生ずる。ツールを13種類持つグループと15種類のグループとを比較するとツールの数ではほぼ互角(87%)だが、4種類のツールを必要とする課題を解くとなると話は違ってくる。15種類のうち4種類の組み合わせは1365通りあるが、13種類では715通り(約52%)しかないのだ。多様なツールやスキルを持つグループほど、複雑な課題に取り組む上で有利なのである。ただし、この有利さには、すでに述べたように、効果的に組み合わせることができればという条件が付いている。

 多様なスキルを持つ人々が出会い協力する場として見た場合、市場(しじょう)は決して最適な仕組みではない。問題を抱えた人物がその解決策を保有する人物を見つけ出す手段にはなるだろう。たとえば、蛇口が水漏れするから水道工事業者を探すというような場合だ。あるいは、これをモデルとしたInnocentive。これは製薬企業Eli Lillyから生まれた科学的問題解決コミュニティで、10万人を超える科学者が登録している。科学的問題を抱えた企業は、その問題をInnocentiveのWebサイトに公開することで、その問題がすでに解決しているか否かを知ることができる。しかし、この種の市場には本質的な限界がある。すなわち、特定の問題についてそれを解決できる人物を探すという場合には機能するが、持続的な創造性とイノベーションがなければ解決できないような困難で複雑な問題に取り組む際の基盤とはなりえないのである。そうした問題は丁々発止のコラボレーションからしか解決できない。前回触れたワームプロジェクトは研究者たちがBrenner博士の研究所にある喫茶室に集まることから始まった。それと同じように、We-Thinkプロジェクトには多くの人々が集う場所、アイデアが自由に流れるように配慮された創造的な対話のための中立的な空間が必要である。自由な討論の場とwiki、掲示板とコミュニティ協議会、Lean’s Engine Reporter(蒸気機関に関する新技術・工夫を扱っていた業界紙)やWorm Breeder’s Gazette(Caenorhabditis Genetics Centerが発行する線虫に関するニューズレター)といった簡易な情報誌。We-Thinkに類するどのプロジェクトもこうした場を持っているのは決して偶然ではなく本質なのだ。そうした場があるからこそ、1+1が12になるような形で人々が集うことができたのである。

 We-Thinkプロジェクトではアイデアは容易に結びつく。プロダクトは通常レゴブロックのように結合可能、つまり相互接続可能な多くのモジュールから構成されているからである。このモジュラリティという概念は決して新しいものではなく、遅くとも1960年代からコンピュータ開発の特徴の一つになっていた。当時、IBMはSystem/360というコンピュータを開発中だったが、その責任者だったFred Brooksはすべての担当者が担当外を含むすべての作業について同レベルで理解していることを求めた。そのため、プログラムの変更に関する作業日報をすべての担当者間で共有し、毎日始業前に目を通すこととした。しかし、作業日報はほどなく厚さ5センチほどにもなり、コミュニケーションと調整のコストは急増して制御不能となり、連絡ミスと誤解が増大した。増員しても問題は解決せず、かえって事態を悪化させた。処理量は増えたが誤解も増え、それがさらにバグを増やしたのである。作業日報の厚さが150センチとなるに至って、BrooksはSystem/360を独立した作業が可能なモジュールに分割することを決断し、コアチームを設置して必要なモジュールと相互接続を指定するデザインルールを定めさせた。つまり、モジュールの担当者は自分の作業に集中し、コアチームはシステム全体のアーキテクチャを考えるという体制を作ったのである。この体制では、改良したモジュールはそのままシステムに接続でき、モジュールを改良するたびにシステムを作り直す必要はない。

 しかし、モジュラリティがその威力を本当に発揮するのはオープンな作業方式と組み合わせた場合、つまり多くの試みを並行して実施でき、さまざまなチームが同じモジュールを対象に異なるソリューションを提案できる場合である。これはオープンソースのあり方そのものであり、これこそがオープンソースが「聖杯」を獲得しえた理由、すなわち相互に接続可能でありながら中心を持たない多数のイノベーションを実現しえた理由なのである。レゴブロックには途方に暮れるほど多くの色と形と大きさがあるにもかかわらず、その接続の仕組みは同じである。これと同じように、We-Thinkプロジェクトにも接続のための規則(通常コアチームが定める)があり、これにより独立してはいても相互接続可能なイノベーションが可能となる。マスコンピュータゲームも、コラボレーティブブログも、オープンソースプログラムも、ヒトゲノムプロジェクトも、多くのモジュールが相互にピタリと結合するというこの特徴を持っているのである。

 しかし、レゴのブロック構造だけでは、We-Thinkプロジェクトが機能するには不十分だ。グループでは意思決定も必要だからである。多様な貢献者が集まりアイデアを結合するには同意可能な方法でコラボレートされている必要がある。共有の場は効果的に自己規制できなければ必ず荒廃する。しかし、そうした自己規制は、言葉で言うのはたやすいが、実現ははるかに困難である。

最終回は残り2つの法則を論じ、結論を述べる。

Linux.com 原文