MSとNovellの提携について(2)

宿敵同士が手を結んだ、という話題性が先行し、結局のところNovellとMSが、特に特許がらみで具体的にどういう内容の提携を結んだのかよく分からなかったのだが、Novellが米証取委(SEC)に提出した報告書のおかげで大体分かるようになった。

原文中のポイントになりそうな部分を訳出してみる。どこの訳かはすぐ分かると思うが、Signatureのすぐ上だ。

本「特許協力協定(Patent Cooperation Agreement)」に基づき、Microsoftは、NovellがNovellのエンドユーザ顧客から直接的あるいは間接的に収益を得るNovellの製品やサービスを、そうしたNovellのエンドユーザ顧客が利用することに対して自社特許を主張しないことを誓約する(一部例外あり)。一方、Novellは、MicrosoftがMicrosoftのエンドユーザ顧客から直接的あるいは間接的に収益を得るMicrosoftの製品やサービスを、そうしたMicrosoftのエンドユーザ顧客が利用することに対して自社特許を主張しないことを誓約する(一部例外あり)。MicrosoftとNovellの両者には、本「特許協力協定」に基づいて支払い義務が発生する。MicrosoftはNovellに前払いで正味1億800万ドル、NovellはMicrosoftに対して最低4000万ドルを、NovellのOpen Platform SolutionsおよびOpen Enterprise Serverの収益に応じた割合で5年間に渡り順次支払う。

ようするに、MSはNovellのコードに自社特許を侵害するような部分があったとしても、Novellのエンドユーザ顧客を訴えない、その逆もまた真、ということを言っている。金銭に関しては、MSのほうは前払いで定額、Novellは額も少なく、かつ製品収益に連動の5年払いということになる。MSとNovellとでは企業規模が違うので単純には比較できないが、少なくとも金銭的には若干Novellに有利な内容のようにも思える。「エンドユーザ顧客(end-user customers)」というのがようするに誰なのかはっきりしないのだが、「直接的あるいは間接的に収益を得る」というくだりを最大限好意的に解釈すれば、とりあえずDebianのような他のGNU/Linuxディストロ、あるいはDebianが頒布するMonoのユーザである私のような非SuSEユーザの一般ライセンシーも該当するのではないかと思う。Novellにバグ報告でもすりゃもっといいのかな。

ところで、Novellは今回のMSとの協定締結に関して全8条から成るFAQを公開している。その主張をまとめると、

  1. NovellはGPL第7項に違反していない(理由は後述)。
  2. MSと提携したのは顧客の懸念を払拭するためで、具体的に訴訟の懸念があったからではない。
  3. 今回協定を結んだからといって、NovellがMSの特許を侵害していることを認めたわけではない。
  4. 今後もNovellがMSの特許が効いたコードをFLOSSに混入させることはない。
  5. Novellがパテントライセンスを授与されるわけではない(これも1.がらみなので後述)
  6. Open Invention NetworkへのNovellの関与は従来通り。なおOINに関してはITproの記事を参照。
  7. Open Document FormatへのNovellの関与も従来通り。
  8. MonoはMSの特許を侵害していないし、今回の協定はSuSE以外のディストロが頒布することに何ら影響しない。

となる。

このFAQから読み取れる、NovellがGPL第7項違反ではないと主張するロジックだが、ようするにこういうことだ。例えばNovellの代表的なFLOSSプロダクトのひとつであるMono(厳密にはMonoのC#コンパイラやランタイムなどGPL2が適用されている部分)にMSの特許を侵害するコードが入っていたとして、それをNovellもMSも現時点で知っていたとしよう。そこでNovellはMSに金を支払い、例えばSuSEで頒布する分にはOKというようなパテントライセンスを得たとする。このとき、Monoを頒布するDebian、あるいはDebianにおけるMonoユーザである私は、MonoをGNU GPL2が(例えばその第1項で)認めているような形で自由に頒布することができない(頒布すると、ロイヤルティを払わない限りMSの特許を侵害することになるから)。これは先日も述べたように、明らかにGPL第7項に違反する事態である。

おそらく今述べたような例を念頭に置いていたのであろう、NovellのFAQはこのケースを周到にカバーしている。今後もNovell由来のコードにMS特許が混入することはない(4.)。今現在のコードにMSの特許が混入しているわけでもないし、把握もしていない(2.、3.、8.)。そして、肝心なのは5.だ。

NovellがMSから直接パテントライセンスを買うとアウトだ。しかしそうではなく、MSが一方的にNovellのエンドユーザ顧客に対して訴えないと「約束」するならどうだろう。ようするに、NovellからMSに支払われる4000万ドルは、パテントライセンスの「代価」ではないし、Novellがパテントライセンスを与えられるわけではない、というのがNovellの主張なのだった。NovellからMSへ、いわばお近づきのしるしとしてお金を払う、それとは無関係に、MSはNovellのエンドユーザに対して訴えないことを約束する、ということらしい。なるほど、だからあくまでPatent Cooperation AgreementであってPatent Licenseではないのか。よって1.、すなわち「NovellはGPL第7項に違反していない」、というのがNovellの主張のようである。

というのが現時点での私の理解なのだが、ご覧のとおり非常にややこしい。おそらくMSやNovellの弁護士がGPL第7項を迂回すべく必死に知恵を絞ったのであろう。素直に脱帽した。

こうした形での「約束」にどれくらいの法的拘束力があるのか私にはよく分からないし、そもそもMSの特許は侵害しない、していないというのになぜNovellがこのような協定を結ぶ必要があったのかもよく分からないが、いずれにせよ、これでGPL違反の懸念が払拭されるかと言えばそんなことはない。何より気になるのは、この協定には「一部例外あり」(with certain exceptions)という但し書きが付いているということだ。その例外の内容がきちんと発表されていないのでなんとも言えないのだが、どうもCNETの報道などを見る限り、「individual, noncommercial Linux developers」や「developers being paid to create code for OpenSuse」は訴えないが、他は全て「一部例外」扱いのようである。素直に読めば、企業の仕事で給料をもらってFLOSSをハックしている人は(もちろんOpenSuseの開発者は別として)皆アウトであろう。そうすると話はまた振り出しに戻ってしまう。ということで、例外の内容が明らかになるまで、この問題からはまだまだ目が離せない。

それにしても腹立たしいのは、最近いかにもぱっとしなかったMSが、失地回復とばかりにFLOSS界に揺さぶりをかけに来ているということである。この協定話ひとつで、例えばLinusとFSF(まあこの両者は元々仲が悪いが)、あるいはpaidとnon-paidな開発者の間に分断を持ち込むことにまんまと成功している。敵は分割して統治せよとは昔から戦略の鉄則だが、自分たちにやられるとちょっとねえ。