FLOSSプロジェクトにおけるある種の「困った人」

どんな世界にも、技術や知識の面ではひとかどだが(まあひとかどじゃないこともあるけど)、対人関係の面で発展途上というか、大いに改善の余地ありという人がいる。いわゆる「困った人」だ。

「困った人」にもいろいろなタイプがあって、例えば締切や約束を守らないとか、遅刻の常習犯であるとか、社会通念上まっとうとされる行動が不得手な人がいる。この手の人は他人に迷惑をかけるので困ったものである(「お前が言うな」との声も聞こえるが)。何を言うにも罵倒や嫌味を盛りこまずにはいられない人、というのも困ったものだ。当人やその取り巻きは芸風だとか言ってすましていることが多いのだが、自分の考えを他人に伝えるという意味では明らかに効率が悪いし、外から見れば多くの場合単にうざったいだけである。実際会ってみると無口で小心な善人が多かったりするのがやりきれない。

とはいえ、今回取り上げるのはそういう分かりやすい意味での「困った人」ではない。というか、少なくとも私個人はこの手の「困った人」は嫌いではないし、そこそこ耐性がある。基本的には聖人君子よりも手を動かす人のほうが偉いと思っているからだ。その私が、個人的に苦手とするのは以下のようなタイプの人なのだった。

  • 精力絶倫か、あるいはものすごく暇である(長文のメールやブログエントリを1日10本以上書いても全然苦にならない)
  • 議論が噛み合わない(非を認めない、くらいならまだいいんだけど、こちらの意図がちゃんと伝わらない。あるいは相手が何を言っているのかこちらがよく分からない)

こう書くと「俺のことか!」と頭に血が昇る人もいそうだが、たぶんあなたのことではないし、そもそも今私が具体的に思い浮かべているのは実は日本の話ではない。安心してください。余談ながら、この手の人はどちらかと言えば日本よりも海外に多いような気もする。

この手の人は本質的な意味で「悪い」人ではないし、本来責める筋合いはないようにも思う。能力もそこそこあったりする。しかし、例えばFLOSSプロジェクトの運営という文脈においては、これほど「困った」人はいない。ひとたびこの手の人と論争になれば、まず長い長いメールだかブログだかを全部読み、理解しようと努力し、おまけに返事もしなければならない。ネイティヴ・ランゲージ以外での議論の場合、消耗度はさらに上がる。返事をしたらしたで間髪を入れずに第2信、それも往々にして長さ2倍のやつが来る。不毛度は4倍である。まともに論破するのは最初から無理なのだが、それでも返事はしなければならない。返事しなければ誤りを認めた、ということになってしまうからだ。よって、真摯に対応しようとすればするほど、こちらの体力と暇を全部吸い尽くされてしまうのである。

さらに問題なのは、この手の人が「困った人」であるということが、当事者以外にはなかなか伝わらないということだ。確かに手も動かしているし、自分の立場を(少なくとも主観的には)意を尽くして説明しようとしているだけなのだから、表面的には何も責められるいわれがない。当人にしても、当然悪いことをしているなどという自覚はない。傍目には、迷惑しているほうが相手を邪険にしたり、いじめたりしているように見えることすらある。メーリングリストだと、事情を良く知らない人が正義感から「困った人」の肩を持ったりして、たちまちフレームウォーのできあがりだ。そして昏迷の度は深まり、結果として何の結論もでず、ただフラストレーションと徒労感と懸案の先送りだけが残る。おまけに数ヶ月後、同じ「困った人」がまた同じ議論を蒸しかえしたりするのである。こうして、プロジェクトの進捗はいよいよ鈍り、士気は落ち込んでいく。

一般社会、例えば企業においては、たとえ同僚が「困った人」だとしても、自分からあっさり辞めるというのは(少なくとも短期的には)困難だろう。しかしFLOSSプロジェクトの場合、別に給料をもらっているわけでもなし、不毛な議論にうんざりすれば(おそらくは優秀な人から)どんどん抜けてしまう。プロジェクト運営の見地からは、どう考えても一人の「困った人」がもたらすプラスよりはマイナスのほうが大きいというケースがままある。

ようするに、厳密な意味で当人に非があると言いきれるかどうかは微妙だが、しかしプロジェクト全体からすると明らかにネガティヴな影響を及ぼしてしまう人、あるいは活発な議論自体は大いに結構だが、しかしありとあらゆる意味で無意味な議論(とそれを引き寄せてしまう人)、というものが存在するのである。こうした状況に直面したときどうすべきか、というのが最近の個人的なテーマだ。おそらく最終的には、プロジェクトリーダが泥をかぶり、強権をふるって「困った人」にお引き取り頂くしかないのだろうが、そうするための大義名分を整えるのがとても難しい、というのが悩ましいところなのである。